和歌と俳句

若山牧水

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乗換駅、待ちゐし汽車に 乗りうつる、窓にま白き 冬の海かな

大海の 荒の岸辺の 浪のかげに 人群るる見ゆ わが冬の汽車

風たてば 有明の海は 大いなる 白き瀬となる わが小蒸汽船よ

有明の 海のにごりに 鴨あまたうかべり、船は島原へ入る

冬雲の かげりに暗き 島、岬、 憂き島原へ わが船は入る

眼に膜の 張りたらむごとき 心地して 島原へ行く船にわが在り

島原は 海にうかべる かなしみか、宿屋のてすり、倚ればつめたき

風も凪ぎ ゆふべとなれば 有明の海はあぶらの如し、憂鬱

箱崎の 浜のしら砂 ふみさくみ 海のなかみち 見ればかなしも

博多なる 冬の黒さよ、わが瞳、水の暗さよ、灯のつめたさよ

冬山の 国ざかひなる いただきを 揺れまがりつつ 行けるわが汽車

櫻島は けむりを吐かぬ 島なりき、あはれ死にたる 火の山にありき

梅寒き 宿屋の二階、すみの部屋、夕日の薩摩 明らけく見ゆ

海の黒さよ、ほそぼそとして うかびたる 佐多の岬の 夕日の濃さよ

浪高み 船のあゆみの 遅さよな、みさきの端の 白き灯台

入りゆけば 港はおもき らくじつに 鴎のむれも 灰色に見ゆ

とある雲の かたちに夏を おもひいでぬ、三月の海の さびしき紫紺

白き猫 そらになくがに あをうみの 春日のかげに 啼き居る鴎

岩かどに 着物かきさき 爪をやぶり きりぎしを攀づ、椿折るとて

潮引きて つかれはてたる 岩かどに せまき海見え 浪のうごける