蔵王を のぼりてゆけば みんなみの 吾妻のやまに 雲のゐる見ゆ
たち上る 白雲のなかに あはれなる 山鳩啼けり 白くものなかに
ま夏日の 日のかがやきに 櫻實は 熟みて黒しも われは食みたり
あまつ日に 目蔭をすれば 乳いろの 湛へかなしき みづうみの見ゆ
死にしづむ 火山のうへに わが母の 乳汁の色の みづ見ゆるかな
秋づけば はらみてあゆむ けだものも 酸のみづなれば 舌触りかねつ
赤蜻蛉 むらがり飛べど このみずに 卵うまねば かなしかりけり
ひんがしの 遠空にして 一すぢの ひかりは悲し 荒磯しらなみ
玉きはる 命おさなく 女童を いだき遊びき 夜半のこほろぎ
こよひも ひとりねむると うつらうつら 悲しき蟲に 聞きほくるなり
ことわりも なき物怨み 我身にも あるが愛しく 蟲ききにけり
少年の 流されびとを いたましと こころに思ふ 蟲しげき夜に
秋なれば こほろぎの子の 生れ鳴く 冷たき土を かなしみにけり
少年の 流され人は さ夜の小床に蟲なくよ何の蟲よといひけり
かすかなる うれひにゆるる わが心 蟋蟀聞くに 堪へにけるかな
蟋蟀の 音にいづる夜の 静けさに しろがねの銭 かぞへてゐたり
紅き日の 落つる野末の 石の間の かそけき蟲に 聞き入りにけり
足もとの 石のひまより 静けさに 顫ひて出づる こほろぎのこゑ
入りつ日の 入りかくろへば 露満つる 秋野の末に こほろぎ鳴くも
うちどよむ ちまたを過ぎて しら露の ゆふ凝る原に われは来にけり
星おほき 花原くれば 露は凝り みぎりひだりに こほろぎ鳴くも
濠のみづ 干ゆけばここに 細き水 流れ會ふかな 夕ひかりつつ
女の童 をとめとなりて 泣きし時 かなしく吾は 悲しみを見し
さにづらふ 少女ごころに 酸漿の 籠らふほどの 悲しみを見し
こほろぎは こほろぎゆゑに 露原に 音をのみぞ鳴く 音をのみぞ鳴く