和歌と俳句

齋藤茂吉

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ややにして ペナンは近し そのはての 空に白き雨 ふるが見えつつ

その角を 色うつくしく 塗れる牛 幾つも通る ペナンに来れば

蛇おほく 住める寺あり 額の文字 「恩沾無涯」は 国境せず

ペナン川に 添ひて溯る ところには 水田ありて 日本しのぼゆ

志那街は ここにも伸びて おのづから 富みたるものも 代をしかさねつ

水の中に 水牛の群れ ゐるさまは なよなよとせる ものにしあらず

おほどかに 水張りて光 てりかへし 田植は今に はじまるらむか

高々と 聳えてゐたる 山ひとつ マハぺリガンガと 云ふにやあらぬ

ことわりて おのづからにて 錫蘭の サカブタの山に 滝かかりけり

コロンボの ちまたの上に 童子等が 独楽をまはせり 遊び楽しも

佛牙寺に まうできたりて 菩提樹の 種子日本にも 渡れるをおもふ

椰子の葉を かざして来る 男子らの 黄なるころもは 皆佛子にて

つづき居る 椰子の木立の ひまもりて 入日の雲の くれなゐ見えつ

冬さむき 國いでて遠く わたりけり セイロンの島に 蛍を見れば

余光さへ なくなりゆきし 渡津海に ミニコイ嶋の 燈台の見ゆ

あらはれし 二つの虹の にほへるに ひとつはおぼろ ひとつは清けく

印度の洋 けふもわたりて 食卓に 薯蕷汁の飯を 人々たのしむ

わたつみの 空はとほけど かたまれる 雲の中より 雷鳴りきこゆ

虹ふたつ 空にたちける そのひとつ 直ぐ眼のまへに あるにあらずや