和歌と俳句

齋藤茂吉

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アデン湾に のぞむ山々 展くれど きいろ見ゆる 山一つなし

佐渡丸と とほり過がへり 海わたる 汽笛かたみに 高きひととき

朝あけて 遠く目に入る 鋭き山を アフリカなりと いふ声ぞする

空のはて ながき余光を たもちつつ 今日よりは日が アフリカに落つ

夜八時 バベルマンデブの 海峡を 過ぎにけるかも 星かがやきて

ぺリム島 亜剌比亜の國に 近くして その燈台の 見えはじめたり

アフリカに 日の入るときに 前山は 黒くなりつつ 雲の中の日

あかつきは 海のおもてに 棚びける 黄色の靄 あな美しも

紅海に 入りたる船は のぼる陽を 右にふりさけ 見れども飽かず

甚だしく 紅かりし雲 あせゆきて 黙示のごとき 三つの星の見ゆ

紅海の 船の上より 見えてゐる カソリン山は 寂しかりけり

海風は 北より吹きて はや寒し シナイの山に 陽は照りながら

大きなる 砂漠のうへに 軍隊の テントならびて 飛行機飛べり

列なして ゆく駱駝等の おこなひを エヂプトに来て 見らくし好しも

英吉利の 兵営なるか かたはらに 軍馬の調練 せるところあり

モハメツドの 僧侶ひとりが 路上にて ただに太陽の 礼拝をする

たかり来る 蠅あやしまむ 暇なく 小さき町に 汽車を乗換ふ

白き鷺 畑のなかに 降りて居り 玉蜀黍の列 ながくつづく見す

しづかなる 午後の砂漠に たち見えし 三角の塔 あはれ色なし

ピラミツドの 内部に入りて 外光を のぞきて見たり かはるがはるに

スフインクスは 大きかりけり 古き民 これを造りて 心なごみきや

はるばると 砂に照りくる 陽に焼けて ニルの大河 けふそわたれる

はるかなる 國にしありき 埃及の ニルの河べに 立てるけふかも

ニル河は おほどかにして 濁りたり 大いなる河 いつか忘れむ

黒々と したるモツカを 飲みにけり 明日よりは寒き 海をわたらむ