和歌と俳句

齋藤茂吉

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しみとほる あかときみずに うつせみの 眼あらひて 年ほがむとす

冬がれし 山のうへより 波だてる ひむがし伊豆の 海を見おろす

ぬばたまの 夜にならむと するときに 向ひの丘に 雷ちかづきぬ

ひとときの 心しづめむ たどきさへ なかりしわれと 豈おもはめや

みちのくの 山のみづさへ 常ならぬ いたいたしき世に われ老いむとす

伊豆の海に ただにせまれる 山のべの さむき泉に 小鳥来て居り

見おろせる くろがねいろの 伊豆のうみに 西ふきあげて 波たちわたる

かすかなる 湯のにほひする 細川に 鱗のむれ 見ゆるゆふまぐれ

熱いでて われ臥しにけり 夜もすがら 音してぞ降る 三月のあめ

晝すぎより 吹雪となりぬ 直ぐ消えむ 春の斑雪と おもほゆれども

とどこほる いのちは寂し このゆふべ 粥をすすりて 汗いでにけり

をさなごは 吾が病み臥せる 枕べにの 蜜柑を持ちて 逃げ行くかむとす

南かぜ 吹き居るときは 々と 灰のなかより 韮萌えにけり

はやりかぜに かかり臥れば われの食ふ 蜜柑も苦し あはれ寂しき

熱おちて ひとりこやれば 口ひげの 白くなれるを つまみつつ居り

おのづから 年を経につつ うち解けて 交はる人は 少くなりぬ

うちわたす 麥の畑の むかうより 蛙のこゑは ひびきて聞こゆ

あをあをと むらがりながら 萌えて居る 藜のうへに 雨ふりにけり

さみだれは 寂しくもあるか いそがしく あり経し吾を 籠らしむなり

をさなごの 物いふをきけば あはれなる 言もいひけり ひとり遊びて

壁に来て 草かげろふは すがり居り 透きとほりたる 羽のかなしさ

あかつきに 群れ鳴く蝉の こゑ聞けば 山のみ寺に 父ぞ恋しき

よろこびて 歩きしことも ありたりし 肉太の師の みぎりひだりに

うつつにし 言ひたきことも ありしかど 吾より先に いのち死にゆく