和歌と俳句

齋藤茂吉

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朝鮮学生の 陰謀の記事を 朝はやく いらいらせし心にて 目を通せり

わづらはしき 事はありとも ありのままに 事のせまるを 独りおもはむ

スキイもちて 雪ふる山に 行く友は しきりに吾を 誘へど行くかず

しろけむり 渦まきだつを 楽しとて けふの夕べに 火を焚きにけり

大かたは うらがれにける わが庭の つちには低く 生ふる冬草

年の暮に おしせまりて 思ひまうけず 森鴎外の 書簡を買へり

昼のまの 勤め果てつつ 一息を つかむころには 何を食はむか

陰謀を たくらむ者等 いろいろに 難儀するところ 身に沁みにけり

風ふきて ゆふさりぬれば 冬曇 南のかたに うごきつつ見ゆ

富人と まづしき人の たたかひの 理論にも吾は いつしか馴れつ

冬の日の 光あたれる ところにて かがまり居るは こころ楽しも

にほへりし 菊も枯れつつ 朝々の 霜のいたきを 立ちて見にけり

共産主義者一味の行動を こまごまと記しし 書買ひて来し

うつせみの 無くて叶はぬ たましひの つひのゆくへを 彼等は知らず

冬の夜の やうやく寒く ふけしころ 歌ひとつつくり 楽しかりけり

浅草寺の かげに売りをる いろいろの くちなはも今日 見ればひそけし

冬草の 低くかたまりて ゐるを見つ 日のあたたかさ 吾はおもはむ

あまつ日も 傾きそめし ころほひの 冬のくもりに 飛ぶ鳥を見ず

うつせみの 吾に物求めむと ひと来れど こころ満たしし ことさへもなし