和歌と俳句

齋藤茂吉

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わが額を 飛行機の窓に 押しつけて 鉛直に見おろす 海はくろし

山のまに 小さきみづうみ 澄みたたふ その湖より いづる川あり

黒びかり 反射する 海潮のうへに群がりて船は 米粒のごとし

あまがけり 見おろす谿に 断ゆるときなく 百の泉の 湧くをおもはむ

東京の 空を飛行して こころ回帰す 地ふるひし日の 焔のみだれ

電信隊 浄水池 女子大学 刑務所 射撃場 塹壕 赤羽の鉄橋 墨田川 品川湾

上空より 東京を見れば 既にあやしき 人工の物質塊 Masseと謂はむか

横浜の 港にかたまれる 腹あかき 船舶にしばし 視線をあつむ

山上の 孤独のごとく たたへたる みづうみを 一瞬に見おろせり

海南先生に葉書かきしときに あたかも高度一九〇〇米突なりき

すでに 雪ふりて 驚くべし 富士の山腹に 隆起を見よ

蘆の湖の 南岸の空を 過ぎて たちまち右旋回せしごとし

見る見るかはり来し眼界に かたまりて黄色に おきふす山

冬がれに いたれる色は あらあらしき 峰を境して 変りけるかも

足柄に さしかかりつつ 見はるかす 甲斐の盆地は われよりひくし

富士がねを ひだりななめに 見おろして 白雲の渦の なかに入りつも

奥谷より ながれていでし 谷がはの 太りゆけるを 諸共に見む

甲斐が根の うねりを越えて あまづたふ 日の入るかたの 山に雪降る

うつせみは 或るとき命 おとしきや 峰づたふ道 さびしくもあるか

やうやくに 国の平は 見え来つつ 横ほる山も あはれ小さし

くろぐろと 光たたふる 海のうへ 南のそらの 果ぞ濁れる