和歌と俳句

齋藤茂吉

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あげつらふ 餓鬼は居りとも ひたぶるに 竹の里人を 我は尊ぶ

おのづから 興り来にける 国力 つねに新しく とどこほりなし

峠路に 牛をひき居る 老びとと 心したしく ものいひにけり

言あげて ほがざらめやも みちのくの くにをこぞりて 歌は興らむ

このあさけ 庭に飛びつつ 啼く鳥の たはむれならぬ こゑぞかなしき

わが友の 歌をし読めば しづかなる 光のごとく おもほゆるかな

もろともに 教の親の みいのちの さきくいませと 建つる石ぶみ

新しき 年のはじめに 貧しきも 富めるも食ひたきものを食ふらむ

たちかへり 新年にして 吾おもふ 敵ありて闘はば ただにたたかへ

ほがらかに 遊ばむとして 雪つもる 寂しき山に 人ゆくらむか

国よろふ ゆついはむらに うち寄する さきはひ浪の 絶ゆることなし

あたらしき 年たちにけり 今日ひと日 心しづめて 国をおもはむ

しきしまの やまとのくにの 皇国の あたらしき日は 豊さかのぼる

うたかたの うつつに消えて 無きがごと はかなかりける 友を悲しむ

いくとせか われより後に うまれつつ 君も亡きひとの かずに入りたり

まひるまの サイレンの音 きこえつつ しばらく吾は 眼つむりぬ

夜ふけくる 火鉢のそばに あひ寄りて さびしくなりぬ せんすべもなし

きさらぎの 八日の夜は ふけしかば 消のこる雪を 月は照らせり

ドイツより 持ちかへりたる 革物は 黴ふきしまま 棄てられにけり

をさなごの おぼつかなくも 言ふ聞けば 心足らひを 言ふこともあり

みまかりし 千樫のことなど おもひつつ 昼つかたより かぜひきて臥す

春さむき 紙帳のなかに 飯も食はず 風のなごりの 身はこもりけり

とりちらす 書籍のあひだに いつしかも 夏ごろよりの 塵はたまりし