和歌と俳句

飯田蛇笏

霊芝

1 2 3 4 5

柑園に雪ふる温泉の年始

ふるさとの年新たなる墓所の雪

餅花に宿坊の爐のけむり絶ゆ

抱へたる大緋手鞠に酔ふごとし

饗宴にくちべに濃くてさむき春

窓掛に暮山のあかね春寒し

小野の鳶雲に上りて春めきぬ

洞門に昼月もある遅日

潮干舟新月は帆にほのめきぬ

裏筑波焼け木の鳶にうす霞む

東風吹くや岩戸の神の二はしら

観潮の帆にみさごとぶ霞かな

かすみだつ漁魚の真青き帆かげかな

陽の碧くむら嶺の風に来ぬ

下萌や白鳥浮きて水翳す

八重雲に山つばき咲きみだれけり

鵯のゐてちるともなしに渓の

聖逝けり雙柿舎の草青むころ

貧農の煙りのうすき花の山

靴下の淡墨にしてさくら狩り

花どきの空蒼涼と孔雀啼く

かもめ飛ぶ観潮の帆の遅日かな

東風吹いて山椒魚に鳶啼けり

囀りに風たつ雲のながれそむ

初夏の嶺小雨に鳶の巣ごもりぬ

初夏の卓朝焼けのして桐咲けり

わが浴むたくましき身に夏の空

虹消えて夕焼けしたる蔬菜籠

深山寺雲井の月に雷過ぎぬ

ながれ出て舳のふりかはる鵜舟かな

やまみづの珠なすの葉裏かげ

鎌かけて露金剛のかな

大槐樹盆會の月のうす幽し

僧の綺羅みづみづしくも盆會かな

聖堂の燭幽かにて花圃の

しばし寂日輪をこずゑかな

秋口の粥鍋しづむ梓川

大巌にまどろみさめぬ秋の山

渡り鳥山寺の娘は荏を摘める

秋蠅もとびて大堰の屋形船

巌山の葛咲きかへす残暑かな

新涼や土器の火を袖がこひ

海も土牢も霧昼深し

夕霧に邯鄲のやむ山の草

渓巌に吹きたまりたるあられかな

炉をひらく火の冷えびえと燃えにけり

炉辺に把る巫女の鈴鳴りにけり

寒鶯の八つ手の花にしばしゐぬ

の咲いて十字架祭もほど過ぎぬ

花廛なるの散り花も見られけり

雪山をはひまはりゐるこだまかな

かたぶきて陽のさす楢の宿雪かな

積雪に夕空碧み雲の風

樺の幽らめて樅の巨陽いづ

聖樹燈り水のごとくに月夜かな

手どりたる寒の大鯉光りさす

しろたへの鞠のごとくに竃猫

荒神は瞬きたまひ竃猫

毛糸編む牀の愛猫ゆめうつつ

しら雲に鷹まふ嶽の年惜しむ

蓖麻の實眠むるより初しぐれ