和歌と俳句

與謝野晶子

しやがの花身を雑草として咲けど夏を染むなりうす紫に

初夏や吹くもあほるも扇より勝らぬ風のにくからぬかな

二三本あをき芽をふく木のありて山の心地す初夏の風

園のうち薔薇の門を七つ八つくぐればやがて夕となりぬ

風吹けば烈しくもゆる紅の罌粟身もだへなげく一重白げし

からたちの花を吹くとき酒倉を覗くここちに風のかんばし

仏蘭西の紅き芍薬それなども喜びとして我の目に見ゆ

ひなげしと矢ぐるまの花朝の靄ロアルの川の清き水おと

ひなげしが置かれし膝の並ぶなるセエヌの船の狭き甲板

睡蓮の花びらの先苦しくも少し尖れりわが心ほど

六月は酒を注ぐや香を撒くや春にまさりて心ときめく

門のうち馬車行きちがふ初夏の若葉の棕梠の夕月夜かな

なにとなく若き芭蕉の葉の肌のうち思はるる朝ぼらけかな

蔵のうち朱塗白木の長持が油紙被る皐月となりぬ

大空を路とせし君いちはやく破滅を踏みぬかなしきかなや

うら若き二羽の隼血に染みて啼く音絶えたる二羽の隼

この二人新しき世の死の道を教ふることす誰か及ばん

めでたかる春の光にこの君等何物よりもいたましく死ぬ

若き子が鳥の死ぬごと地に落ちぬかたじけなさよ涙ながるる

誰か世に犠牲とはならぬ斯く知れどいたましきかな先立てる君

青空を名残のものと大らかに親も見たまへ妻も見たまへ

太陽のもとに物みな汗かきて力を出だす若き六月

みづからを支ふる力はしけやし夏の木立の如くあらまし