和歌と俳句

皐月 さつき 陰暦五月

貫之
さ月くる道もしらねど郭公なく声のみぞしるべなりける

俊成
郭公鳴くやとおもへば鳴かぬ夜もさ月の空はあはれなるかな

西行
時鳥まつ心のみつくさせて聲をば惜しむ五月なりけり

定家
さ月きぬ軒のあやめのかげそへてまちしいつかとにほふ池水

新勅撰集 よみ人しらず
をしなべて 皐月のそらを 見わたせば 水も草葉も みどりなりけり

草寒し五月じめりの竹敷居 才麿

海ははれてひえふりのこす五月哉 芭蕉

笈も太刀も五月にかざれ帋幟 芭蕉奥の細道

笠嶋はいづこ五月のぬかり道 芭蕉奥の細道

目にかかる時やことさら五月富士 芭蕉

五月鳶啼や端山の友くもり 野坡

八重雲に朝日のにほふ五月哉 太祇

晶子
たちばなの 香の樹蔭を ゆかねども 皐月は恋し 遠居る人よ

晶子
紀の国の 皐月はうれし 花柑子 つづく畑に 鶴むらの来て

牧水
皐月たつ 空は恋する 駒に似む 恋する人よ いかに仰ぐや

牧水
夙く窓押し 皐月のそらの うす青を 見せよ看譲婦 胸せまり来ぬ

牧水
聳やげる 皐月のそらの 樹の梢に 幾すぢ青の 糸ひくか風

牧水
皐月ゆふべ 梢はなれし 木の花の 地に落つる間の あまきかなしみ

牧水
ひとつひとつ 足の歩みの 重き日の 皐月の原に 頬白鳥の啼く

晶子
ああ皐月 仏蘭西の野は 火の色す 君も雛罌粟 われも雛罌粟

晶子
蔵のうち 朱塗白木の 長持が 油紙被る 皐月となりぬ

やまがつのうたへば鳴るや皐月川 蛇笏

晶子
大徳寺 唐の格子の あひだより 皐月の光 させばめでたし

庭つちに皐月の蠅のしたしさよ 龍之介

水もさつきのわいてあふれる 山頭火

五月晴

男より女いそがしさ月晴 也有

鼓鳴る芝山内や五月晴 子規

うれしさや小草影もつ五月晴 子規

薔薇を剪る鋏刀の音や五月晴 子規

巣から飛ぶ燕くろし五月晴 石鼎

顧る間人の岬五月晴 泊雲

五月晴、お地蔵さんの首があたらしい 山頭火

箒もて池水を掃く五月晴 風生

ひとつ碆ばかり波攻む五月晴 悌二郎

五月闇

定家
五月闇 そらやはかをる 年をへて 軒のあやめの 風のまぎれに

雅経
さつきやみ 窓うちあかす 雨のおとに こたへて落つる 袖の玉水

何を音にすぽん鳴らん五月闇 其角

青梅に匂ひもあらば五月やみ 也有

五月闇あやめもふかぬ軒端哉 子規

提灯に風吹き入りぬ五月闇 鬼城

縦横に光る木の根や五月闇 泊雲

森てらしすぐる汽車の灯五月闇 泊雲

人の面を流るる涙五月闇 普羅

はやらかきものはくちびる五月闇 草城

五月闇より石神井の流れかな 茅舎

五月闇朝夕べのわきがたく 花蓑

かすかにも顔明りあり五月闇 花蓑

蠣殻の浦々かけて五月闇 普羅

五月闇汝帰りしには非ず 三鬼

障壁の龍虎対峙し五月闇 青畝