和歌と俳句

與謝野晶子

天に去る薔薇のたましひ地の上に崩れて生くるひなげしの花

人の云ふいつはりにだに動きゆく心と見ゆるひなげしの花

雛罌粟はたけなはに燃ゆあはれなり時もところも人も忘れて

浅間の森の木暗しここはまた夏の花草火投げて遊ぶ

眠れるや覚めて思ふやうまごやし安き心のわがうまごやし

白まじり雲したたりし花と見え菖蒲咲くなり低き畑に

紫のあやめがわれを描くなり若き友をばひなげしの描く

夏の日の未の刻もすずしけれ繻子の芝くさ縞萱の帯

むらがれる金鶏草に影と云ふくらきもの無し靡けど寄れど

黒めるは終りに近き罌粟なれど美くしきこと初めに倍す

うすものの女の友を待ちえたる松戸の丘のひなげしの花

こちたかる黒船に似る実を結び変りはてたる園のえにしだ

酔態の朴の花こそめでたけれいやしき土の二ひろの上

花束を抱けばかよわきひなげしの脚こぼれいでわりなかりけれ

松戸なる人の贈りしひなげしを置けばいみじきうすものの膝

大地をば愛するものの悲しみを嘲める九月朔日の天

休みなく地震して秋の月明にあはれ燃ゆるか東京の街

光明を捨てし都がみづからを焼く焔上げあかくすれども

わが立てる土堤の草原大海の波より急にうごくなりけり

わが都火の海となり山の手に残るなかばは焼亡を待つ

身の生くる幸あるやあらざるやわが唯今の大事とはこれ

地震の夜の草枕をば吹くものは大地が洩らす絶望の息

天地崩ゆ生命を惜む心だに今しばしにて忘れはつべき

道行くは目ざすところのある如しうづくまる身のあはれならまし

地震の夜半人に親しきこほろぎのよそげに鳴くも寂しかりけれ