和歌と俳句

若山牧水

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相見ねば 見む日をおもひ 相見ては 見ぬ日を憶ふ さびしきこころ

海死せり いづくともなき 遠き音の 空にうごきて 更けし春の日

相見れば あらぬかたのみ うちまもり 涙たたえし ひとの瞳よ

われはいま 暮れなむとする 雲を見る 街は夕べの 鐘しきりなり

船なりき 春の夜なりき 何処なりし 旅の女と 酌みし杯

いつとなう わが肩の上に ひとの手の かかれるがあり 春の海見ゆ

ふとしては 君を避けつつ ただ一人 泣くがうれしき 日もまじるかな

世のつねの よもやまがたり 何にさは 涙さしぐむ 灯のかげの人

わだつみの そこひもわかぬ わが胸の なやみ知らむと 啼くか春の鳥

笛ふけば 世は一いろに わが胸の かなしみに染む 死なむともよし

春来ては 今年も咲きぬ なにといふ 名ぞとも知らぬ 背戸の山の樹

おもひ倦じ ふと死を念ふ 安心に なみだ晴れたる 虚の瞳よ

雲ふたつ 合はむとしては また遠く 分れて消えぬ 春の青ぞら

うなだれて 小野の樹に倚り 深みゆく 春のゆふべを なつかしむかな

町はづれ 煙笛もるる 青煙の にほひ迷へる 春木立かな

椎の樹の 暮れゆく蔭の 古軒の 柱より見ゆ 遠山を焼く

の ふと啼きやめば ひとしきり 風わたるなり 青木が原を

春あさき 海のひかりや 幹かたき 磯の木立の やや青むかな

つかれぬる 胸に照り来て ほのかをる ゆく春ごろの 日のにほひかな

田のはづれ 林のうへの ゆく春の 雲の静けき 蛙鳴くなり