和歌と俳句

若山牧水

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うららかに 冬日晴れゐて けふ越ゆる 路は水なき 渓に沿ひたり

水涸れし 渓に沿ひつつ ひとりゆく 旅のひと日の 冬日うららか

足もとの 落葉がなかゆ まひたちし 山鳥はゆく 木の根を低く

冬空の 澄みきはまりて 藍色の かなしき下に まろき落葉山

うららかに 落葉しはてし 山窪に あそべる鴉 啼かなくて飛ぶ

冬日いま 暮れむとしつつ 岩かげの 滝むらさきに 澄みてかかれり

日のひかり 白けきたりて 寒けきに 急ぐ冬山 笹鳴りさわぐ

菜をあらふと 村のをみな子 ことごとく 寄り来てあらふ 此処の温泉に

いま入りて来しをみな子が 負へる菜に 雪は真しろく 降りたまりたり

わかきどち をみな子さわぎ 出でゆきし あとの湯槽に われと嫗ばかり

月夜にて こよひありけり 灯ともさぬ 湯ぶねに居りて 見れば望の夜

温泉小屋 壁しなければ 巻きあがる 湯気にこもりて 冬の月射す

軒端なる 湯気のしたびに 月冴えて 向つ峰の雪 あらはにぞ見ゆ

谷川と 名にこそ負へれ この村に 聞ゆるはただ 谷川ばかり

朝ごとに かならず来とふ 渓合の 谷川村に 降る朝時雨

見わたせば 雪ふりつもり わが宿の 真下を渓の ただ流れたり

この奥に もはや家なし この渓の ゆきどまりなる 村といふこれ

落ちたぎつ 渓の飛沫の うちあがり 水づきて咲けり 垣根の菊は

はやり感冒 はらふといひて 軒ごとに 張れるしめ縄に 雪つみにけり

ゆふ山の 日のかげりたる 柿の木に のぼりて柿を おとす子の居り

下なるは 弟にかあらむ 笊もちて かがみひろへり その柿の実を