和歌と俳句

若山牧水

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ひさしくも 見ざりしかもと 遠く来て けふ見る海は 荒れすさびたり

とほく来て こよひ宿れる 海岸の ぬくとき夜半を 雨降りそそぐ

眼さむれば 風は凪ぎゐて 真夜中を 浪とどろけり 庭さきの海に

曇りつつ 朝たけゆくや わだつみの 沖の青みの 澄みまさり来て

沖走る 速きうしほに むら浪の 立ち合ふけふを 雪もよひせり

雪ふくむ 雲ゆきまよひ わだつみに さわだつ浪の いろ定まらず

磯海の 浪かき濁り 沖津浪 雲のしたびに さむう澄みたり

庭さきの 芝生にあがる 磯浪の いかれる見つつ 寒き日を居る

うちあがる 浪かき濁り 荒海に 降るとも見えず 時雨降るなり

雪雲の 垂りたるままに ひんがしへ うつりゆく見ゆ 荒海のうへを

真冬日の けふの満潮 かき濁り 岩をおほいて すさびたるかな

むらがれる 岩のほさきに うちあがり ならびて靡く その潮けぶり

庭さきの 荒磯にうかぶ 鵜の鳥の 黒く静けく 久しくぞ居る

真藍なす つめたき海に ひとつらに 浪たちさわぎ 朝の日昇る

岩かげの わがそばに来て すわりたる 犬のひとみに 浪のうつれり

かたはらに ゆたけく呼吸の 聞えたる この大き犬に 手を置きにけり

つらなれる 浪の穂さきの 巻きあがり 巻きてくづるる 青海のなかに

川口に 寄り寄る浪の 穂がしらの 繁きを見れば ひき潮ならし