和歌と俳句

若山牧水

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雑木山 登りつむれば うす日さし まろきいただき 黄葉照るなり

時雨空 いよよ暗みて 垂りくだり ならびさびしき をちかたの峰

朝ぞらに なだれし秋の 雲散りて 山はつめたき 日のひかりかな

枯芝の ほほけし山の 山くぼに まがりかくるる その渓川は

おほよそに ながめ来にしか 名を問へば 浅間とぞいふ かのとほき嶺を

朝戸出の ころより見つつ いつくしく 仰ぎ来し山は 火の山浅間

浅間にし まことありけり 雲とのみ 見し白けぶり 真すぐにぞ立つ

名も知らぬ 低山つづき けふ越えて とほき浅間を 仰ぎ暮せり

岩山の せまりきたりて 落ち合へる 峡の底ひを 渓たぎち流る

真冬日を 岩のはざまに 藍ふかく 流るる渓は 音もこそせね

寒き日の 浅間の山の 黒けぶり 垂りうづまきて 山の背に這ふ

山の背に 凝りうづまける 浅間山の けぶりは靡く 朝たけゆけば

真冬日の 澄みぬる空の 寒風に 東へなびく 浅間山のけぶり

噴きのぼる 黒きけぶりの 噴き絶えず 浅間の山は 真暗くし見ゆ

浅間山の 北の根にある 六里が原 六里にあまる 枯薄の原

寒き夜に 拍子木聞ゆ 冴え入りて 身にしみひびき 拍子木聞ゆ

笛聞ゆ 汽車にしあらし その笛の 動きつつ聞ゆ 凍み氷る夜を

冬の夜の けふをぬくとみ 出でて来れば 月は赤みを帯びて昇れり

シグナルの 狭みどりの灯に 靄降りて うるみ濡れをり 冬の月夜に

わが部屋の 夜つゆ帯びたる ガラス戸に うつりて明き 冬の夜の月

わが側の 鉄瓶の湯の わきたぎり 雫はくだる 夜半の玻璃戸に

忘れゐて ふと見あぐれば いつしかに 月は玻璃戸を 過ぎてゐにけり

咽喉にやや 熱ある覚え 飲みくだす 寒き麦酒は 泣くごとくうまし