いにしへも 今のうつつも 悲しくて 沙羅双樹のはな 散りにけるかも
あかつきに 咲きそめたるが ゆふぐれて はや散りがたの 沙羅双樹の花
いとまなき 現身なれど ゆふぐれて 沙羅雙樹の花を 見にぞわが来し
白たへの 沙羅の木の花 くもり日の しづかなる庭に 散りしきにけり
命をはりて 稚き児らも うづまりし み寺の庭の 沙羅双樹のはな
白妙の 淡き花こそ 散りにけれ いまだ丈ひくき 沙羅の木のもと
くるしみに こらふる人も おのづから 沙羅の木のもとに 来りけるかも
ゆふぐれの をぐらき土に ほのかにて 沙羅の木の花 散りもこそすれ
あはれなる 花を見むとて 来りけり 一もと立てる 沙羅雙樹の花
うつそみの 人のいのちの かなしとぞ 沙羅の木の花 ちりにけるかも
あが心 かたじえなさに 木曾がはの 鳴瀬聞きつつ 二夜寝にけり
こころ細りしにやあらむ 山にして 漆の芽さへ かなしきものを
闇鳥の 仏法僧鳥の 呼ぶこゑを まなこつむりて 我は聞きたり
山のべに かすかに咲ける 木苺の 花に現身の 指はさやらふ
樹の根がたの土にこもれる蟻地獄 あはれ幽けしとこそおもひしか
あはれとぞ 声をあげたる 雪照りて 茂山のひまに 見えしたまゆら
満ちわたる 夏のひかりと なりにけり 木曽路の山に 雲ぞひそめる
おくやまの 岩垣ぶちを 小舟にて 人ぞ渡らふ 木曽路かなしも
かなしかる 願をもちて 人あゆむ 黒澤口の 道のほそさよ
あまねくも わたらふ夏と たたなはる 茂山のかげに 雲しづむ見ゆ
奥木曾へ 汽車こそ走れ 御嶽の 雪のかがやきを もろともに見つ
椹樹の しげき樹の間を 通り来て こころ明るし 羊歯のむらだち
山がはの 鳴瀬に近く かすかなる 胡頽子の花こそ 咲きてこぼるれ