和歌と俳句

齋藤茂吉

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真夏日の 光といへど 消えがてぬ 雪谿のうへに 雨降りにけり

谷うづめ 消え残りたる 氷には ゑもりが一つ 死ぬる寒けさ

月山の 谷のこほりに 赤蜻蛉 蝶蜂なども 死に居りにけり

雪渓は きびしくもあるか わが体 こごゆる程に さ霧はのぼる

雪渓ゆ のぼるけむりの 渦巻くと あやしきまでに 雪解するらし

この山の 氷の渓の 底にして とどろく音は 雪消ゆるみづ

この山に のぼる旅びと 黒百合を いくつか掘りて 持ちゆかむとす

雨の降る 氷のうへを わたり来て 月山のみねに 手を暖めぬ

けむりあげて 雪の解けゐる 月山を ひたに急げり 日は傾くに

あまつ日は やうやく低く 疲れたる わが子励まし 湯殿へくだる

東谷 ふかぶかとして 続けれど 尽く消えて 残る雪見ず

登山者は 若者多く たちまちに 我等追ひ越し 見えなくなるも

御月光の 峻しき谿を くだるとて 我も我が子も 言たえて居り

うつせみは 浄くなりつつ 神に守られて この谿くだる いにしへも今も

峰かげに 日は隠ろひて 行きしころ いまだ谷間を くだりつつあり

梵字川 とどろき落つる まぢかくを 目覚めたるごとく 下りて行きつ

ほのぐらき ゆふまぐれどき われ等四人は 神のみ前に 近づきゆきつ

ちはやぶる 神ゐたまひて み湯の湧く 湯殿の山を 語ることなし

ながれ合ふ 谿川いくつ わたりつつ ゆふやみの中に 入り行きにけり

谿間道 いそぎいそぎぬ 足もとを あひ警めて 闇の谿中