和歌と俳句

齋藤茂吉

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わが子にも 塩をもて歯を 磨かしむ 山谷の底に 夜は明けつつ

やまがはの 底ごもるおと 聞こえ居り 湯殿の谿に 一夜寐しかば

谿ぞこの 笹小屋といふ 一つ家に 足をちぢめて 共にねむりぬ

この山に あやしきこゑに 啼く鳥は 嘴赤し 飛びゆける見ゆ

くれなゐの 嘴もつゆゑに この鳥を 南蛮啄木と 山びと云へり

山こえて 庄内領に 入るときは この鳥を雨啄木と 名づけゐるとぞ

人おとも 遂に絶えたる この山は ぶなしげりたり ひる暗きまで

山の雨 晴れゆかむとして 白雲が 立ちのぼるごと 動きてやまず

雨あとの 滑べる山路を 四人して 田麦俣まで 直にあゆめる

湯殿谿に 飲食物を はこぶ馬が この山道を 通ふさびしさ

この道も 古へ人は むらがりて 行きしか 弘法の遺跡もとどむ

田麦俣を 眼下に見る 峠にて 餅をくひぬ わが子と共に

梵字川の 谿に沿ひつつ 歩み居り 山を抱ける 谿の大きさ

茣蓙しきて しばしば憩ふ この道に 梵字川の水 底にきこゆる

山道に 少し許りの 平あり 清水いでつつ 店に油揚げを売る

山中の かすかなる店に 油揚げにて 午飯食ひぬ その握り飯

梵字川の 川しものこの 釣橋を 幾たびもわたる 馬は一つづつ

釣橋の まへの立札 人ならば五人づつ 馬ならば一頭づつと いましめてあり

梵字川 大鳥川と 相あひて 赤川となる ところを徒歩す