和歌と俳句

齋藤茂吉

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朝々に 味噌汁にして 食ふは 奥山より採りこし 蕨にあらず

墨田川の ほとりに行くと いらだたしく 電車罷業の 街にいで来し

ともしびに 羽ふるはして 居たりける 草かげろふは いづこに行かむ

巡業の 組に入りつつ 上海に 相撲取る出羽ヶ嶽を おもひ出でつも

金曜の 午後のいとまに 南より 北にむかひて ゆく雲は疾し

けふの朝 買ひしは 浅山より 採りきて売りたるものならむ

五月一日 一万人あまりの 行列は ここの十字に しばしば断えぬ

赤き旗 もてる労働者と 警官と 先列に追付かんとして 大股に駆歩す

百貨店の 夜の地下室に 鯉飼へり 紅き鯉ひとつ みづに衰ふ

山かげの 潮のおとは くらやみの 至れるころに ふたたび聞こゆ

わたつみの 音もかなしも をやみなき ものにもあらぬ そのとどろきを

わたつみを 越えたる遠き 国の旅 ひとすぢにさきく 足らはしたまへ

はるかなる 道にもあるか あたたかき 印度の洋も 越えゆきたまふ

ここに来て 悲しくもあるか ありし日の 君おもふことも 稀になりたり

夜もすがら 屯せりける 雲晴れて 今朝はさやけし 妙高の山

師の大人を ここのみ寺に はうむりて 十年あまり 八年経にけり

一年に ひとたびここに 集まりて 相見むことぞ 楽しかりける

上山に 夏の雨ふり 閑古鳥 飛びつつ啼けり 家にまぢかく

置賜の 方より雲は うごき居り 蔵王の山は いま雲の中

雨のひまに 谷に入り来て 青胡桃 いくつも潰す その香なつかし

弟と 弟の子と 相寄りて 夕餉鯉こくの たぎれるを食ふ

立石寺の 蝉を聞かむと 来しかども 雨降り蝉は 鳴くこともなし