和歌と俳句

齋藤茂吉

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羽黒道 まうでて来れば くれなゐの 杉のあぶら落つ 石のたたみに

出羽なる 羽黒の山は とことはに 雲に触りつつ 古りし大杉

雪解時より 霜ふるころに 至るまで 大杉のうへの 白鷺のこゑ

羽黒山 杉の木立に 巣ごもれば 日もすがら聞こゆ 杉の上の鷺

大杉の うへに巣くへる 白鷺の 杉の秀に立つを 見れば清しも

たふとくも 見ゆる白鷺 この山の 杉のうへにして 卵を生みつ

南谷 ふりにし跡に わが来れば かすかにのこる 河骨の花

おのづから 杉の落葉は つもりつつ 南谷道 足をうづむも

しづかなる 蘆の茂りも 年を経て 見る人もなし ここ南谷

雲うごく 杉の上より 白鷺の 羽ばたきの音 ここに聞こゆる

山の上に むらだつ杉の 梢より 子をはぐくみて 白鷺啼くも

羽黒山の 高杉の秀を 仰ぎつつ わが聞きて居る 鷺の子のこゑ

いにしへの 芭蕉翁の この山に 書きのこしたる 三日月の発句

天宥を 讃へて芭蕉の 書きし文 まのあたり見て つつしむ吾は

南谷に おもかげ遺る 池の水 時を過ぎたる 蛙のこゑす

斎館の 一つ部屋より 見はるかす 国原青く 夏ふけむとす

羽黒山の うへに立ちつつ わが対ふ 鳥海山は 雲かかむれり

うつせみは つどひ来りて あきらけく 罪のほろびし 山の上ぞこれ

雨はれし 羽黒の山に のぼり来て 餅を食ひぬ 食へども飽かず