和歌と俳句

齋藤茂吉

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こひねがひ 上り来りて 見はるかす あな深々し 吉野むら山

大峰を 越え来し友ら 寄合ひて ゑらぐを見つつ 二人いでたつ

あはれあはれ 吉野の谿に 入りつ日の からくれなゐの 光こもりて

見おろせる 遠き谷間に かがやきて 赤き光の かたまれるはや

とくとくの 清水といへる 谷の水 いそぎ足にて 吾もむすびつ

いつしかも 谷を下り来て くれぐれの 庵の前に 立ち居りにけり

淋しさに 堪へたりといひし いにしへの 人の食ひけむ 物おもひつつ

塔尾の 陵の苔 手にもちて しばらくにして 隠しに入れぬ

みちのくの 山を思ひて 恋しかり 蔵王権現の 御像のべに

この山に 悲しき物を 数見つつ 一日の名残 かつ惜しみけり

風のおと 川わたり来る みやしろに 栴檀の実の おつるひととき

ふかぶかと 積りてゐたる 落葉越えて 川の激ちに 近づく吾は

苔の香は 沁みとほるまで 幽かにて 神の社に 雲かかりくる

のぼり来し 丹生川上の 石むらに 雲の触りつつ ゐるをともしむ

滝のべの 龍泉寺にて 夏ふけし 白さるすべり 見つつ旅人

ここにして 老木となりし 白松を 福州松と 人等いひつぐ

山ふかき 村のはづれに いささかの 塩売る家の 前を過ぎつつ

吉野なる 滝の河内を もとほりて 心和らぎ 人麿おもほゆ

万葉の 歌をおもへば よろこびも 極まらずして 船うけあそぶ

互なる 睦みを持ちて 山川の 清き河内に けふ遊びつる

夢のわだ 象の小川も けふは見つ 友がみちびきに 汗をさまりぬ

いにしへの 歌の聖の よみがへり 心も古りて 言ひがてなくに