和歌と俳句

齋藤茂吉

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あかつきの まだくらきより 御名となふる いでいる息ぞ 尊かりける

常臥に 床に臥しつつ 水のおと めざめゐるまは 聞きたまふらし

この山の 苔よりいづる 水すらも 氷るみ冬ぞ おもほゆるかも

伊吹嶺に 雪ふるころは みちのくの み寺しぬびたまふと いふも尊し

中林梧竹おきなの 書きし字を 幾つかわれに たびにけるかな

松かぜの つひの行方も 聞きがたく 堅き衾を われはかむりぬ

北平の とほき旅より かへり著きて われ四十九の 年ゆかむとす

みちのくの 兄は老いつつ 金のこと くれづれ云ひて かへり行きけり

夜ふけて しづかになりし この家を 一日たりとも 我は尊ぶ

にごりなき 西のかなたや 冬至すぎむ 日の余光こそ かなしかりけれ

冬寒く なりゐる部屋に 帰り来て 二側の壁を 吾は塗らしむ

日の光 つよくかがよふ 砂原に あきつひたぶるに 飛べる寂しさ

一日たゆく そこはかとなき ゆふまぐれ 風北より吹きて 神鳴る

努めゆかむ 生業のこと 思ひつつ 海よりいでむ 月待つわれは

朝明より 日のくるるまで きほひたち いそしむ人を 見るぞ尊き

うつつなる 此世界としも おもほえず 氷の山の 浮きくるところ