和歌と俳句

齋藤茂吉

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経頭の こゑのひびきは 身に沁みて 唐の長安の いにしへおもほゆ

もろともに 唱ふる声に いつしかに 聞こえ居り新発意の 清らなるこゑ

われの居る み寺の庭に 山の雨 みだれてそ降る 砂を飛ばして

杉樹立 たちてくらきに たちまちに 地は震ひて 雷鳴りわたる

もろごゑは 澄みわたりつつ いにしへの 仏讃ふるに 滞懈消にける

谷に立つ 槙の木立に 燃えたちて けふぞ高野の 山に雷落つ

降る雨は 木々をゆるがす 時の間の するどき雷に 眼昏まむとす

沙羅の花 ここに散りたり 夕ぐれの 光ののこる 白砂のうへ

たか野山 新別所なる 夕闇に 螢は飛べり 有るか無きかに

弘法の いのちのながれ 断えなくに 吾等ねぎらふ ここの法師は

ここに来て 吾等たたずむ 万葉の かなしき命も 年ふりゆきて

飛鳥なる ひと夜のやどり 夜くだちて 月照りたるを 見てゐる吾は

ひむがしの 多武の峯より 月いでぬ 古国原を わたる月かげ

ひとつ蚊帳に ねむりしことも 現なる 飛鳥の里の 朝あけにけり

たもちたる 暇を清み 夏ふけし 南淵山に あひ対ひける

岡寺の 楼門のもとに 三人等は 時を惜しみて 相居たるかな

橘の み寺をここに ふりさけて 友の教ふる 事は遥けし

大原の 里を恋しみ ゐたるとき わがかうべより 汗したたりぬ

たかむらは 川の流れに 沿ふらむか ここよ小さき 雷の丘

久米寺の 凌霄花の 蜂のおと 思ひいでなむ 静かなる時もがも

あまつ日の 照りきはまれる 道のへに 西瓜を置きぬ あたたまるらむ

とぶ鳥の 明日香の里に 汗たりて きのふも今日も いにしへおもほゆ

あまつ日の きびしき道を あゆみ来て 真近になりぬ 天の香具山