齋藤茂吉

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くれなゐの 濃染のもみぢ 遠くより 見つつ来りて いま近づきぬ

日をつぎし 雨さむくして もみぢばの 散りのみだりの 間あらなくに

くろぐろと 色をあらはす 硫黄岳の なだれを見れば おどろくわれは

大き山 わが目のまへに 見えたるを 穂高の山と 言ひにけるかも

白樺の 落葉かたまり ひとところ 明るみゐるは しづかなるもの

しづまりし 色を保ちて 冬に入る 穂高の山を けふ見つるかも

はざま路を わが行きしかば 足もとに 鏡のごとく 苔ひたすみづ

山なかの ゆふまぐれとぞ 乾そりたる 楢の落葉の うへに降る雨

霞澤 つづきてたてる 山々の 黒みをおびて 日はまだ出でず

ひむがしへ 谷はひらけて 梓川の 水上のかたに 晴れゆける空

ますみ空に ほそきけむりを 立ててゐる 硫黄が嶽に 人のぼりゆく

夜ひと夜 雨ふりしかど 一夜あけ 穂高の山に 日はあたりけり

よべ一夜 しぐれ雨ふり 今朝みれば 穂高の山は 雪ふりにけり

焼嶽の 一すぢの道 越え行けば 行きつくといふ 飛騨の高山

くれなゐの あららぎの實の 生りにける 山の高原 いまぞ去りゆく

葛の葉の あかきもみぢの ひるがへる 谷あひゆきぬ 真昼にちかし

トンネルは 幾つかありて くぐるとき 水のしづくに 額さへ濡れつ

谷まより 空にそびえし 高山の あふげば見ゆる 峯の青草

白骨の 温泉をめぐる 山の草 しぐれの雨の 降ればすがれぬ

わが背の皮 ひびゆくまで 浴むれども 白骨の湯に 吾は飽かずも

乗鞍の 山よりいでし 前川が 梓の川に 此処にてあへり

虹たちし 空もありつつ 北ぐにの とほき横手の かたに雨降る

憂ひつつ わが立つ道に 雪ふりし 鳥海山の 霽れきたる見ゆ

君をおきて われは横手を 立たむとす 露霜さむく なりし横手を

冬ふかく 時を惜みて 一つづつ 人麿短歌の 評釈を為も

和歌と俳句