齋藤茂吉

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

ここにして さ霧のうづは 風をいたみ 相馬が嶽の 尾根をかくせり

ひるすぎて 霧のみだれの 晴れゆけば 榛名の谷に 雪のこる見ゆ

兒持山 さぎりのうへに 見えながら われのそがひに 日は落ちむとす

うす闇に あやしき鳥の こゑしたる 相馬が嶽の 谷を見おろす

ここに吾 居りて天とほき 信濃路の 穂高の山に 雪は離れず

かぎろひの 日は照らせども みづうみの 浪うちぎはに 雪ぞのこれる

伊香保呂の 榛名の湖の 汀にて 消のこる雪を 食へるをさなご

白き霧 しづむまにまに 伊香保ろの 谷くらがりて 飛ぶ鳥もなし

雪のこる 相馬が嶽の 笹原を ふきなびけくる 風は寒しも

上野の 春の山より 北空の 雲をし見れば とほく乱れぬ

ふゆがれの 山のあひだに われ憩ふ 吹きくる山風の おとを聞きつつ

永き日も ゆふまぐれとぞ 清澄の 茂山なかに 雲たちのぼる

あさなゆふな 食ひつつ心 楽しかり 信濃のわらび みちのくの

くれなゐの 牡丹の花は 散りがたに むし暑き日は 二日つづきぬ

君がをしへ 受けつるものも 幾人か 既に身まかり 時ゆかむとす

くれなゐの 大き牡丹の 咲くみれば 花のおほきみ 今かかがやく

栗の花 香にたちて咲く ひるさがり 森鴎外先生の おくつきどころ

禅林寺は まづしき寺と おもへども あはれたふとし 草木もひそけく

ありし日の ごとく君をし 偲ばむと 茅がやの原に 憩ひつつをり

あつき日は 心ととのふる 術もなし 心のまにま みだれつつ居り

宵やみより くさかげろふの 飛ぶみれば すでにひそけき 君ししのばゆ

暑くして 堪へがたきときに 君おもふ 七年まへの そのあかつきを

谷汲は しづかなる寺 くれなゐの 梅干ほしぬ 日のくるるまで

よもすがら 山のあらしの 音きけば 比叡山のうへに こころは和ぎぬ

ひとつ蚊帳に 六人ともども ねむるとき みまかりし友を 相かたりつつ

ひとりして 比叡の山を われ歩み あかつき闇に 啼くほととぎす

山のあらし 一夜ふきつつ 砂のへに 白く落ちたる 沙羅双樹の花

白妙の 花びらひろひ 新聞に つつみてかへる 沙羅双樹のはな

まどかなる 月はいでつつ 空ひくく 近江のうみに 光うつろふ

山のかぜ 夜をすがらに 吹きにしを 散りつくしたる 沙羅双樹の花

夏ふけし 山のうへにて 咲き散りし 沙羅の樹の花 ひろひつつ居り

和歌と俳句