齋藤茂吉

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白雲は ひくくこごれば 暁の 光さしつつ 啼くほととぎす

あかつきの 比叡にのぼり 息づくや まぢかくにゐる 朝どりのこゑ

しげ山の なかにこもりて 黒谷の み寺の見ゆる とはのしづかさ

暑き山 くだりくだりて 寂なる 安楽律院の 水のみにけり

あかつきの 蝉しげく鳴く 山のうへに 萬葉集の 歌をかなしむ

白雲は あかつきがたに しづまりて 高杉のうへに 啼く時鳥

白き花 散りすぎしとき 沙羅の木の 青き木の實を 手のひらに載す

ここにしも 聞こえ来にけり かすかなる 籠山比丘の 帚のおとは

息づきて 比叡山のみねに のぼるとき 近江のうみに あかつきのいろ

沙羅の花 すぎし浄土院の ひかり淡く まなこつむりて いますみすがた

瀬田川に みだりて降れる 夏雨の やうやくにして うつりけるらし

瀬田川の 川べり来つつ 相ともに ほろびむ こと語りけり

草むらに のしづむ 宵やみを 時のま吾は 歩みとどめつ

横川路を くだりて来れど 昼たけて 山ほととぎす こゑもせなくに

藤原定家の墓に たどりつき 汗しとどなる 眼鏡はづせり

フエノロサの 墓は近しと 聞きしかど 身の疲るれば 行きがてにけり

わが友に 導かれ来し 義仲寺の せまきくまみの 咲かむとす

丈艸の 墓に来しかど いそがしく 立ち去りにけり 日はかたぶきて

比叡山に まどかなりし月 ややかけて こよひ瀬田川の うへに照りたる

石山に ひとよ宿りて ふりさけにけり 比叡の山に 横たふ雲を

石山の 旅のやどりに 煤びつつ 梧竹おきなの 書きし文字ふたつ

はやはやも 戸をとざしたる 釈迦堂に 雨はれしかば 暮れのこる空

杉木立 南のかたに つづくべく 暗闇よひの 五位鷺のこゑ

三井寺に 日は暮れにけり 石垣の あひをのぼりて ゆけば寺々

くらきより 歩み来りて 三井寺の いさごのうへの 杉しづくのおと

和歌と俳句