TopNovel>その微笑みに囚われて・8

 

「笹倉様、お待ちしておりました。本日は第三会議室にご案内致します」
  広々したホールに一足踏み入れれば、その豪華さにびっくり。
  おおうっ、さすが大手の出版社。大都会の一等地にどーんと構えた自社ビルもぴっかぴか、しかも自動ドアを一歩はいるとにこやかに微笑む受付嬢が小鳥のような声でお出迎えだ。
  こちらが名乗る前にそのうちのひとりがささっと立ち上がったのは、たぶん私の背後にいる晶くんの存在に気づいたからなのだろう。
「こちらにどうぞ」
  さりげなさを装っていても、その声がうわずっているのがわかる。
  そっかー、こんなところに勤めている人でも晶くんを見ると緊張したりするんだね。なんか、感動。
  まあ、気持ちはわかるかも。笹倉晶の存在は「人気者だから」「今売れセンだから」というありきたりなモノサシでは計れないものがあるんだから。
  そう、なんというか……彼には、ぎゅーっと引っ張られるみたいな。遠くからでも気配に気づいて思わず目をそちらに向けてしまう程の迫力がある。
  ただの一ファンだったころから感じていたことだけど、こうして間近に接するようになってさらにそれが実感となって思い知らされるようになった。
  この人も、本当は「サインくださ〜い」とか言いたいのかな。
  背筋のすっと伸びたスタイルの良い後ろ姿を眺めながらそんなことを考えていると、すぐ向こうのドアががちゃりと開いた。
  ここは狭い通路なので、すれ違うのがやっと。出てきた人影で通り道が塞がれてしまい、私たちは当然のように立ち止まる。
  入り口すれすれの長身にサラサラの黒い長髪、そして肩から提げたギターケース。
「……あ」
  最初に声を上げたのは、向こうの方だった。
「やあ」
  続けて、晶くんも応える。
「久しぶり、元気だった?」
  そして浮かべる、ふんわりとした笑顔。それを涼やかな瞳が受け取る。
「そっちこそ、相変わらずのご活躍ぶりだね。あんまり突っ走ると、ヤバいんじゃない?」
  そのやりとり自体は、なにも変わったところはない。
  だけど、私はものすごく緊張していた。それはたぶん、となりにいる受付のお姉さんも同じだと思う。
  ――すっ、すっごい! なんか眩しすぎるツーショットかもっ。目、目がくらみそう……!
  知らないうちに、てのひらにべったり汗をかいている。だけど、声を上げることなんてできるはずもないし、ただその場に呆然と立ちつくすだけだった。
  今、晶くんと話しているその相手。彼の名前は小早川翔矢(こばやかわ・しょうや)、通称「ショウ」。
  すらりとスタイルがよく立ち姿も決まっているのも当然のことで、彼はファッション誌のモデル出身だ。もっとも今では俳優業の方が主になっているみたいだけど。
  ううう、さすがに間近で見ると迫力ありすぎ。
  切れ長の目にすっと整った和風の顔立ち、時代劇とかにバンバン出ているのも納得だ。無駄な飾り付けとかしなくても、本人そのものからなんとも言えない色香を感じる。雑誌のグラビアで眺めるだけでも半端なく魅力的だったその人が、今目の前に。これって、本当にすごいことだよっ……!
  へえええ、こっちの人は晶くんと違ってこの先何度会えるかわからないんだよね。もしかしたら、二度と出会えないかも!? し、写メ撮りたいっ! ……でもそれって、許されないことだろうなあ。
  ふわふわの茶髪にしっとり黒髪、その対比も美しいばかり。
「もしかして、次のドラマの? 忙しくて、結構なことだね」
「そっちだって、来年の大河決まったって。すごいじゃないか」
「……あんなの、ほんのちょい役だよ。主役取れなかったのが残念だ」
  だけど、このふたり。
  どう考えても、ただの「仲良し」ではないよね? 表面上は普通にしているけど、絡み合う眼差しがバチバチと音を立ててすごいことになっている。
  ――そっか〜、洋と和の対決、とか本当のことだったんだ……!
  こんな場面で、週刊誌の見出しをぱぱっと思い出したりして。
  笹倉晶と小早川翔矢。
  お互いに、ただいまドラマに映画の大活躍の大人気な若手俳優。片や甘いハニーフェイスと親しみやすいキャラで、もう一方は触れれば切れそうなシャープな外見と実力派の演技力で、共にたくさんの支持を受けている。あまりにイメージが違いすぎるから、配役の取り合いとかはないみたいだけど、ドラマの視聴率争いとかは毎度のことだ。
「映画の前評判もすごいじゃない、また色々オファーが来てるんだろ? いいねえ、人気者は」
「そっちこそ、今度は歌手デビューだって? あんまり手を広げすぎると、収拾つかなくなるよ」
  ……やばーっ、本気で火花散ってますけど!
  そう思っているのは、私ひとりではなかったようだ。ショウの後ろに立っている三十歳くらいの男性も、ふたりのやりとりをハラハラと見守っている。あの人って、ショウのマネージャーさんなのかな?
「あれ、こっちの彼女は?」
  ……って、ぼんやりしていたら、なんか今度は私がショウに見つめられてますけど!
  そしたら、晶くんはすすっと私の前に立ちはだかる。モデル体型なショウには敵わないものの、この人だってかなりの長身。だから目の前に立たれたら、なにも見えなくなっちゃうよ。
  ち、ちょっと! 人の視界を遮らないでくれないっ!?
  そんな感じでちょいと慌てていたら、壁に映ったショウの影が何度か頷いた。ただのシルエットなのに、これだけで格好良く見えるって、どんだけよ?
「……ああそうか、榊田さんの代理? また、ずいぶんと古風な雰囲気の子だな」
  おおっ、さすがは切れ者。あっという間のご回答! ……って、感心している暇じゃないか。
「彼も災難だったね、その後の経過はどうなの?」
  晶くんが黙っていても、ショウはどんどん話を進めてくる。ついでにひょいっと晶くんの肩越しに覗き込んできて、……ばっちり目が合っちゃった!
  えっとー、これって私からもきちんとご挨拶をした方がいいのかな。名刺とか渡すべき? いやいや、そこまでやるのはよくないか。あくまでも一時的な代理の身の上なんだから。
「榊田さんはこのところ働きづめだったからね、しばらくはゆっくりと休んでもらうことにしたんだ。別にそっちが心配していることなんて何もないよ」
  やがて、晶くんの口から出てきたのは、かなり棒読みな台詞。
「じゃ、こっちも時間だから」
  そのあと彼は、目の前のショウを押しのけるように歩き出す。えーっ、待って。まだ話の途中じゃない。これって、かなり失礼な行動だと思うけどっ。
  晶くんが歩き出せば、私もあとに続くしかない。軽く会釈をして彼らの脇をすり抜けたところで、ショウの視線が興味深そうにこちらに振り返った。
「……ふうん、よくよく見るとけっこう可愛いじゃん。俺、君みたいなタイプ、好みなんだよね」
  なっ、なにっ! この人っ、いったいどうなってるの……!
「行くぞ、千里」
  先を行く晶くんもすんごく不機嫌。そんな私たちの後ろを、受付嬢のお姉さんが心配顔で追いかけてきた。

 指定された時間を過ぎても担当の人が現れない。なんでも出先から戻る途中、渋滞に巻き込まれてしまったとか。だから、渡された資料などをチェックしながら、しばらくふたりで待つことになった。
「あいつ、絶対に怪しいよな」
  コーヒーを運んできた係の人が部屋を出て行くと、晶くんの小悪魔モードが発動。椅子に浅く座り直して背もたれに寄っかかり、続いて乱暴に足を組む。
  何度も繰り返して見ていても、これにはなかなか慣れることができなかったりする。……だって、顔と行動が全然一致してないんだものなあ。
「そ、そうですか?」
「あいつ」って、やっぱさっき出会ったショウのことだよね。
  ここで相づちを打つのもどうかと思い、適当に言葉を濁す。そしたら案の定、じろーっと睨まれてしまった。
「お前、やっぱ抜けすぎ。そんなんで、もしものときに俺のことを守れるの?」
  そこで、大袈裟に溜息をついたりして。いちいち芝居がかってるんだよなあ、この人。さらに、それがすべて決まってるんだから、侮れないというかなんというか。
「あいつさ、なにかと俺に突っかかってくるんだよな。ちょっとばっか、デビューが先だからって先輩風吹かせて面白くないの。なにを張り合ってるんだって感じだよな」
  いやいやいや、晶くんの方だって相当に意識しているように見えますけど。
  でもそれを直接口にしたら、また機嫌を損ねるんだろうなあ。本当に扱いに難しい人だ。しかも私のこと、ハナから馬鹿にして掛かってるし。
「で、でもっ。そんな風に決めつけるのもどうかと思います。だって、言いましたよね? 叩けば埃が出てくるような人間なんて、数えだしたらキリがないって。……ってことは、他にも怪しい人間はいるってことなんじゃないですか?」
「ふうん、ヤケにあいつの肩を持つんだな」
  ものすごーく嫌そうに睨み付けられたりして。凄むとかなり怖いんだよね、この人。
「そっ、……そんなことはありませんけど。わ、私は、いろいろな可能性を考えた方がいいと言ってるだけです」
「そう」
  わかったんだか、わかってないんだか。晶くんは口を尖らせると、コーヒーをすすった。
「……なに、見とれてんだよ」
「えっ、べ、別にっ」
  違うんだけどさ、ちょっと思っただけ。
  晶くんってコーヒーはブラックで飲んじゃうんだな、とか。

   

つづく♪ (110709・1003改稿)

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