TopNovel>その微笑みに囚われて・12

 

 麗奈ちゃんの登場によって、いきなり撮影のスケジュールが大幅に変更。そのために、若干の休憩となった。それまで数時間拘束されていた晶くん、控え室に案内されると人目のなくなったのを幸いに、早速ソファーにごろっと寝っ転がっている。
「あー、相変わらず、ウゼー女っ!」
  なんか、余計なことまで言ってるし。声のトーンは極力下げているものの、ドアの外を通る誰かに聞かれたらと思うとこっちは気が気じゃない。
「そうですか。TVとかで観るよりも、ずっと可愛いなって思いましたけど」
  いやいや、画面越しに観てもじゅうぶんに魅力的だとは思うんだけどね。やっぱり、本物の醸し出すオーラってすごいなと思った次第だ。実は前作のドラマでは半端なくジェラシー感じてたりしたんだけどね、やっぱり晶くんにはあんな綺麗な女優さんがお似合いだなあと納得する。
「ふうん、千里はあんな性悪女の肩を持つんだ」
  それを言うなら、晶くんの方だって相当だと思うよなあ。人前ではあんなに素直で愛想がいいのに、裏に回ると急にこれだもん。あんまりの変わりように、こっちは呆然とするばかりだ。
「しょ、性悪って……。それって、なにか根拠があって言ってるんですか?」
  真面目に会話をする必要もないと思う、つなのにいつい引きずられて相手をしてしまう。こんなだから、また馬鹿にされるんだよなと自分でもわかってるんだけど。
「もちろんだよ、前のドラマのときだって散々苦労させられた。絶対にあいつだけは嫌だったのに、結局はテレビ局のごり押しだもんなあ……あんた、ホントになにも聞いてないの?」
「ええ、そんなことはひとつも」
  そりゃ、こちらから訊ねれば、何らかの情報は仕入れることができると思う。社長だって、カオル先輩だって、私よりはずっと情報量が豊富でいろいろアンテナも張り巡らせているはずだもの。
  でもなあ、なんかそういうのって嫌なんだよね。
  先入観って怖いじゃない? そういうのに引っ張られると、目の前の人間や事柄に対して正確な判断ができなくなるような気がする。
「お前って、ホントにおめでたい性格。一度本気で痛い目をみないと、駄目だな」
  そういう晶くんの方は、性格がねじれ曲がって再生不可能になってません? どうして、こんな愛らしいマスクから次々と口汚い台詞が飛び出してくるんだろう。私にとっては、そっちのがよっぽどダメージ大きいよ。
「まあ、いいや。じゃ、さっきの話に戻るけど。電話がきたから席を外したって言ったよな、それってどこから掛かってきたんだよ」
  あ、そうだ。そのあとのゴタゴタで、すっかり忘れてた。私は慌てて携帯を取り出して確認する。
「ええと……公衆電話から、です」
「なにそれ、胡散臭すぎ」
  確かに、そうかも。声も聞いていないから、相手に繋がる手がかりもないし。
「えっとー、でも、よくよく考えれば、その電話のお陰で命拾いした訳ですし。ここは結果オーライってことでいいんじゃないでしょうか」
「だから、お前はおめでたいって言うんだよ」
  頼むから、その顔で凄まないで欲しいなあ。何度やられても、全然慣れないよ。そのたびに背筋がキーンと凍り付いてしまう。
「前回の植木鉢といい、今回のことといい、あんたがターゲットになっているのは明らか。……ってことは、やっぱこれは警告の一部と考えた方がいいだろ?」
  まあ……言われてみればそのとおりかも知れないけど。
「榊田さんのことだってある、敵はお前にもしものことがあろうなかろうと、構ったこっちゃないって思ってるぞ」
「えええっ! ま、まさか、……そこまでは」
  こんなの、ただのはったりだって思いたい。思いたいけど……ここまできっぱり言い切られてしまうと、こっちとしても気持ちが揺らいでくる。
「ここまできて、まだ相手の肩を持つつもりか」
  なに、その冷めた目は。はっきり言葉にしなくても、私のことを心底馬鹿にしているのは丸わかり。
「たとえば、だ。あいつのことは、怪しいと思わないか?」
  急に話を振られて呆然としている私に、彼はさらに言う。
「さっきの、あの女だよ」
「は、……はぁ?」
  今度は麗奈ちゃんが怪しいってことですか? そんな風に出会う人間をいちいち犯人扱いしていたら大変なことになっちゃうと思うんだけど。
「俺、あいつのこと嫌いだからさ。前の撮影のときも、榊田さんに頼んでなるべく収録をずらしたりしてたんだ。共演のシーンでも、カメラが回ってるとき以外はいつも側にいてもらったし。そのこと、根に持ってんじゃないかと思って」
  へええ、そうだったんだ。さすが榊田さん、そんなことまでやっちゃうんだな。
「そんな感じで、あちこち疑いだしたらキリがないわけだ。だからお前も、もう少し気を引き締めて掛かれ。間抜け面でボーっとしているから、厄介ごとに巻き込まれるんだぞ」
「は、はあ……」
  こんなんで、臨時マネージャーが務まるのだろうか。マジで不安になってきた。
「わかったんならいい、さっさと飲み物でも買ってきて」
  そう言うと、晶くんはふたたび台本を顔に被せて寝の体勢。
「はーい、わかりました!」

  まったく、人使いが荒いんだから……とは思ったものの、これもマネージャーの仕事のひとつなんだよね。あんな物騒なことがあったすぐあとに彼をひとりで部屋に残すのも不安だけど、確か廊下に出たところに自販機があったはず。それならすぐに戻ってこられる。
  先ほどのことは、単なる事故で済まされてしまった。もしかして、あれくらいのことは撮影現場で日常茶飯事に起こるのだろうか。いやいや、まさか。それじゃ、命がいくつあっても足りないじゃない。
「うーんと、……どれがいいかなあ」
  ミネラルウォーターにお茶に缶コーヒー。見慣れたドリンクの見本を眺めながら、しばし思案する。
  こっちの紅茶は無糖って書いてあるから駄目か。じゃあ、こっちのミルクティ? それともブラックのコーヒーのがいいかな、目も覚めそうだし。
  そんな風にうんうんと悩んでいたためか、背後から迫っている足音に気づくのに遅れた。
「――やあ!」
  嬉しそうな叫び声とともに、いきなり肩を叩かれたからびっくり。
「奇遇だね、こんな場所で出会えるなんて。もしかして、これは運命って奴かな?」
  なっ、なに、この芝居じみた台詞は!? 怪訝に思いつつ振り返ったら――
「――あれ?」
  目の前に立っていたのは、またもや「あの」ショウ、小早川翔矢だった。
  なんでなんで、この人がここに? いや、TV局なんだから収録とかそういうのでやってきたのかな。
「人違い……じゃないよ……ね?」
  最初の呼びかけとは打って変わって怪訝そうに問いかけられて、やっと気づく。ああ、そうか。今日はいつものコスプレスタイル、昨日ファンクラブの集いの会場で出会ったときとは全然違うからわからないんだ。
  だけど後ろ姿を見て声をかけてきたということは……雰囲気とかそう言うので察したってことかな。この人って、かなり鋭い方?
「ええと、君は確かどこかで……ああそうだ、アキラのマネージャーやってるって子だっけ?」
  そういいつつ、彼はまだ疑い深そうな眼差しで私を見つめてる。
「えっ、ええ! そうっ、そうです! その節は、大変お世話になりました!」
  別に世話になった覚えもないんだけど、まあこれは社交辞令って奴で。
「どっ、どなたかと勘違いされているのかも知れませんがっ、すみません! 私、急いでますので――」
  冗談じゃない、昨日は間一髪で逃げ延びることができたけど、もうこれ以上この人とは関わりたくない。この先、さらなるトラブルは無用だ。微妙に声色も変えてみたし、どうにか誤魔化せるだろうか。
「――待って」
  しかし、慌てて立ち去ろうとした私を、ショウは鋭い声で呼び止める。
「その靴、昨日と同じものでしょう? 悪いけど、俺は記憶力がいいんだ。やっぱり君は昨日会った子だよね、間違いない」
「……」
  そっ、そんな! きっぱりと断言しなくてもいいじゃない。
「そそそ……それはっ。こんな靴、どこででも売ってますし……」
  どうにか言い逃れをしようとしたものの、ここまで挙動不審ではかえって疑われるというものだ。
  まさか、昨日の今日でまた再会するとは思ってもみなかったし、このローファーが手持ちの靴の中で一番歩きやすいから、つい。
「ふうん」
  駄目だ、絶対に悟られている。ショウは私をじっと見下ろしながら、一歩一歩こちらに進んできた。すぐに逃げることができれば良かったんだけど、それがどうにも無理。今の私は、さながら「蛇に睨まれた蛙」状態だ。
「君って、嘘のつけない性格なんだね。素直でとてもいいと思うよ?」
  いやいや、それって絶対に本心じゃないでしょう。彼の全身からは私への不信感が溢れている。
「仮にもアキラのマネージャーである君が、わざわざ変装までしてあの会場に潜り込んだ理由はなに? それを教えてもらうまでは、このまま帰すわけにはいかないな」
「えっ、えええ、そんなことを仰っても。その……私も仕事中ですので」
  ぐずぐずしているうちに、片腕を捕まれてしまった。かなりの強い力、これでは振りほどくのも無理。
「いや、慌てて逃げようとするところが、かなり怪しい。さては、なんだ? お前も奴らの手先か」
「……は?」
  ――ちょっと待て。なんで、私がそんなことを言われなきゃならないの?
「アキラにもしものことがあったら、ただでは済まないぞ。わかってるんだろうな?」
  いや、だから凄まないで! なんなのっ、今日は厄日!? あっちからこっちから、綺麗どころの男子にきつい眼差しを向けられるって、あまり嬉しいことじゃない。
  そんな風にしていたら、今度はいきなり目の前のドアが開いた。その瞬間、私を束縛したショウの手も離れる。
「おい千里、たかが飲み物の調達にいつまで掛かってるんだ」
  晶くんの視線はまず私を一瞥、そして次に背後に立っているショウに向けられる。
「なんでお前がここにいる、ウチのマネージャーになんか用か?」
  するとショウの方は、晶くんの牽制をさらりとかわし、なんでもないようにきびすを返す。
「いやいや、偶然ここを通りかかったからね。ちょっとご挨拶をしていたまでだ」
  そこまで言いかけると、彼はくるりとこちらを振り返る。
「じゃあね、千里ちゃん。また、近いうちに――」
  私たちが呆然と見送る中、小早川翔矢は靴音を響かせながら長い廊下を去っていった。

   

つづく♪ (110909・1003改稿)

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