インタビューそのものは、順調に進んでいった。
事前の打ち合わせどおり、晶くんは投げかけられる質問にすらすらと答えていく。なのに、全然わざとらしくないんだよな。こんなところはさすが役者だと思う。
腕の傷もたいしたことなかったみたいでホッとする。しばらくはうっすらと赤く痕が残りそうだけど、腕を出す撮影でもメイクで誤魔化せばどうにかなりそう。
……でも。
私の頭の中には、先ほどのショウとのやりとりがぐるぐる回り続けていた。
「最終通告」――それって、いったいどういうことなんだろう。もしかして、この先にとんでもないことが起こるとか? だけど、私やショウが晶くんに関わることをやめたからって、どんなメリットがあるんだろう。それがまったくわからない。
私だって、ついこの間、臨時のマネージャーになったばかりだし。しかも、もうそろそろお役ご免になることが決まってる。そして、ショウに至っては、晶くんにファンであること自体を知られていない。
はっきりいって、どちらも晶くんにとってはそれほど重要な人間じゃないんだ。
だとしたら、どうして。もしかして、私たちに届いているのと同じものを他の誰かも受け取ってたりする? そしてその人が、なんのリアクションも起こさずに現在に至るのだとしたら……
「はい、これですべて終了です。お疲れ様でしたーっ!」
その声に、私はハッと我に返る。
部屋の隅のパイプ椅子に座り込んだまま、しばらく自分がどこにいるのかも忘れていたようだ。
「岡野さん」
その声に振り向くと、晶くんは自分の荷物をまとめている。
「はい」
「下にタクシー呼んでくれたって、そろそろ到着だってから早く行こう」
そう言いながらも、私の方を見ようともしない。
さっきから、ずっとそんな感じ。私にだけわかる負のオーラをビンビンに発している。
「わかりました、――お疲れ様でした」
晶くんがあっという間に部屋を出て行ってしまったから、私も慌ててあとに続く。もちろん、部屋の中にいた皆さんに一通りの挨拶はしたけど。
――怒ってるのかな、やっぱり。
本当のとこ、きちんと伝えた方がいいだろうか。でもすべてを包み隠さず話したところで、信じてもらえるかはわからない。晶くんにとって、ショウは天敵ともいえる存在だし。その上に私が説明したんじゃ、「はい、そうですか」とはいかない気がする。
「……あ、あの」
エレベーターを下りて地上階に着いたところで、私は意を決して口を開く。
「なに?」
当然ながら、どうしようもなく不機嫌な声。
「そ、その……トイレに行ってきていいですか?」
振り向いた晶くんはすごく嫌そうな顔をした。でもとりあえずは了解してくれたみたいでホッとする。まあ、生理現象だしね、こればっかりはどうにもならないということなのだろう。
「すみませんっ、すぐに戻りますので……!」
もちろん、本当の理由は他にあった。
このままホテルに戻ったところで、晶くんとは同じ部屋で過ごすことになる。昨日のように自分の部屋に戻ると言って、またいざこざが起こっても面倒だし。
だから、その前に今日届いた郵便物のチェックだけはしておきたい。脅迫状の内容がわかったからって、自分に対処できるわけでもないけど、知らないよりは知っていた方が少しは楽になる。
「え、えっと、……あの封筒は……」
個室に入って施錠すると、私はすぐにバッグを探った。なんの変哲もない白封筒がすぐに見つかる。
「……やっぱり」
――ササクラアキラ カラ スグ ハナレロ コレハ サイシュウ ツウコク ダ。
文面は微妙に変えてあるけど、言わんべき内容はショウに届いたものと同じ。とにかく姿を見せない誰かが、私とショウを晶くんから遠ざけようとしている。
でもなんのために? どうして理由も告げずに、無理難題を押しつけようとするの?
「ぐずぐずするな、こんな場所にいつまでもいられるか」
晶くんはトイレの前で待っていた。というか、待ち伏せしていた、と言った方がいいかも。
国民的アイドルに出待ちさせちゃうなんて、私はすごく偉そうだ。
「あいつとなにを話してた」
「……え?」
「はぐらかすんじゃない、お前、ヤキ入れられたいのか」
やっぱ、機嫌悪そう。まあ、無理もないことなんだけど。こんな状態じゃ、本当のことなんて言えそうもない。
「別に、なにも。偶然通りかかったから、ご挨拶をしてただけです」
「ふうん、偶然ねえ……」
「別に私、晶くんに迷惑をかけるようなことはしてませんから」
むしろ、直接火の粉を被らないように画策してる、といってもいい。
「どうだか、……千里はぜんぜん信用できないからな」
ビルの前で待っていたタクシーに乗り込むと、晶くんはすぐ仮眠タイムに入ってしまった。深く被った帽子から覗く横顔に私はぼんやりと視線を向ける。
――信用できないって、その言葉がかなりキツいよ。
そりゃ、いちいち不審な行動は取ってしまってると思う。ショウのことにしたって、事実確認が取れないうちに無駄な心配をさせるのもよくないと思って黙っているだけだし。もしも、なんらかの裏が取れたら、そのときははっきりさせようと思ってる。
……まあ、その前に榊田さんが復帰して、私の役目なんてなくなっちゃいそうだけど。それならそれでいいんだし。
「あのさ、ちょっと付き合ってくれる?」
昨日と同じようにテイクアウトの夕食を済ませると、晶くんはなんでもない様子で言った。
それまでは始終ムスッとした態度でいたから、急に声を掛けられてすごく戸惑ってしまう。
「え……?」
「これ、今日の帰りがけに渡されてさ。ギリギリに上がって、明日撮影の箇所もあるのに、ホン読みの時間もないって。とりあえず、一通りは目を通したんだけど、やっぱ感覚が掴みにくいんだよな。悪いけど、アカネの台詞、やってくれない?」
「は、はあ……」
ホン読み、っていうのは出演者が揃って台本を読み合わせることをいう。それぞれの台詞を読み上げることで、立ち稽古に入る前にだいたいの感覚が掴めるようになるのだとか。
だけど、連続ドラマの撮影だったりすると、ギリギリまで脚本が上がってこないことも頻繁で、待ったなしに本番に入ることもある。そんな場合でもどうにかやりこなさなくちゃならないんだから、プロは大変だなと思う。
ちなみに「アカネ」っていうのは、麗奈ちゃん演じるヒロインの名前だ。
「別に完璧な演技は期待してないよ。こっちはだいたいの間合いが掴めればいいんだしさ」
一応、私も自分の台本をもらってある。だから、それを荷物の中から取りだした。
「シーン107の冒頭から。ページわかる?」
「はっ、はい! すぐに探します……!」
場面は大学からの帰り道、日が暮れて薄暗くなった頃。
お嬢様のアカネはお約束でお抱えの運転手がいたりするんだけど、ミノル(晶くんの役名)と一緒にいる時間を増やしたくて車での送迎を断っていた。でもそれが家族にばれてしまって、かなりヤバイ状態。このまま帰宅したら、絶対に問い詰められる。それがわかっているから、帰りたくないという。
それでミノルは夜のバイトに遅刻してまで、彼女に付き合っているというくだり。
……って、読めば読むほど、わがままなヒロインなんだよな。どう考えても、感情移入ができない。この脚本、完全に失敗じゃないかと思う。まあ、麗奈ちゃんのキャラにはすっごくはまっていることも事実なんだけど。
「……じゃ、立って。ふたりで連れ立って歩いている感じで。うん、この場合は俺が車道側だな。お前がこっち」
促されるままに立ち上がると、すっと隣に立たれてどっきりする。普段歩くときは、晶くんがさっさと先に行ってしまうことが多いから、肩を並べて歩くなんてなかなかない。これって、すごく新鮮なシーンだ。
『アカネさん、大丈夫? オレが一緒に行って、理由を説明しようか?』
ぽん、と肩に手を置かれたりして。それだけで心臓が飛び上がりそうになる。ハッとして見上げると、ものすごい近い場所に顔があるし!
「……おい」
直前まで切なく甘く完璧な表情だったのに、あっという間にいつもの嫌みたっぷりな彼に戻る。
「早く台詞言えよ。話が進まないだろ?」
「はっ、はい! ……すみませんっ……!」
そうだった、私は演技の練習に付き合ってたんだっけ。
『む、む、む、……無理だわ、そんなの。いいの、私はもう、あの家には戻らない』
最初にどうしようもないほど噛んだけど、そのあとも素晴らしい棒読み。しかも、この台詞を晶くんの目を見ながら言うなんて、私には絶対に無理だ。
『そんなこと、言わないで。アカネさんが家族と仲違いするのは耐えられないよ』
『でも……なにを言ったって、わかってくれるはずないもの』
『諦めないで、ちゃんと話せば必ずわかってくれるよ』
『簡単に言わないで、私の家はそんなじゃないの! みんな、自分の都合ばかりを優先して、私のことなんて都合良く動く駒のようにしか思ってない』
長い台詞をどうやら読み終えたところで、晶くんがチッと舌打ちをする。
「無理だな、こんな長いの、あいつにしゃべらせたら絶対に失敗する。……ったく、わかってないよなあ、あの作家」
そこまで言うと、彼は私の前にずいっと回り込む。
「これ、台詞の途中で黙り込ませるしかないな。……さて、どんな方法が一番いいかな」
晶くんは無表情のまま、私に腕を伸ばしてきた。
長い指先が、私の顎にかかる。それに気づいたときには、もうすぐ目の前に彼の顔があった。
「手っ取り早いのは口を塞いじゃうことだろうな。たとえば、こんな風に――」
つづく♪ (120203)