TopNovel>その微笑みに囚われて・17

 

 この人って、どうして神出鬼没なの? しかも、とりあえず変装らしきことをしているにしても、白昼堂々こんな場所を歩いているなんてっ、本当に信じられない。
  あんたっ、有名人なんだよね? 一般人に見つかったらどーすんのっ! 囲まれて写メ撮りまくられて、身体ベタベタ触られたりサイン求められたり、大変じゃない? ……って、それは私が心配することでもないか。
「そんなに驚くことないじゃん。行き先は同じなんだしさ、一緒に歩こうよ」
「え? 同じって?」
「今日は俺、仕事が昼からなんだ。だから、アキラの勇姿を見てやろうと思ってさ。あっちの住宅地でロケやってるんだろ、それくらい当然知ってるって」
  だーかーらーっ、そうじゃないでしょっ! いいからっ、付いてこないで……!
「千里ちゃん、どうして今日もその格好してるの? 俺としては、この前の方が好みなんだけどなあ……」
「そっ、そんなこと! いちいち、ご説明する理由もありません!」
  やだーっ、とにかく振り切らなくちゃ。
  とは言っても、これからロケ地に戻らなくちゃならないんだし、その場所をばっちり把握している彼から逃れる術はない。
「そんな邪険にすることないじゃん」
  そう言うや否や、彼はいきなり私の腕を掴んだ。しかもコンビニの袋を持っている方を。これじゃあ、無理に振りほどくこともできない。
「困るなあ〜、別に取って食おうって訳でもないのに」
  正当派和風男子のショウは、そう言うとサングラスを少しずらす。レンズの向こうからちらっと現れた瞳が、妖しく輝いた。
「アキラ、ヤバイ状況になってるんだろ?」
  ――えっ、なにそれっ!?
  その言葉に、私はぎょっとして目をむく。そりゃそうでしょ、なんでこの人がいきなりこんなこと言い出すのか、まったくもって見当がつかない。
「……はっ、はあっ!? いったい、なにをいうんですか! そんなの誤解ですっ、ありもしない妄想です!」
  慌てて、取って付けたように言葉をプラスしたものの、そこまでも一連の行動で私が慌てているのは一目瞭然。
「俺さ、アキラのことだったら、なんでもお見通しなわけ。なんて言ったって、プレミアのファンクラブ会員になっているくらいだしね。――あ、住所氏名はもちろん人のを借りてるから。名簿をいくら探したって無駄だよ」
  ――うっ、胡散臭い、絶対にそんなのってあり得ないっ!
  そう思うのにすぐに否定できないのは、私を見つめる彼の目が恐ろしいほどに真っ直ぐに澄み切っているから。なんなんだろう、これも演技!? だとしたら、すごすぎる。
「それに、千里ちゃん。ちょっとまずいんじゃない? ファンクラブに入るくらいにはまっているタレントのマネージャーなんて、危険すぎるでしょう」
「え……」
「あれから、色々思い出したんだよね。千里ちゃん、過去に何度かアキラ関係のイベントで俺とすれ違ってる。俺、記念に会場内の写真とかも頻繁に撮るんだけど、ばっちり映ってるの何枚もあったよ。いいのかなー、そのことしかるべき場所にタレ込んでも構わないんだけど」
  こ、これって、もしかして「脅迫」されてる?
  黒い、黒いよっ! 晶くんだけじゃなくて、こっちも相当に。
  なんなのーっ、芸能人ってそんなのばっか? なんかもう、不信感の塊になってしまいそう。
  ど、どうにかこの場を切り抜けなくちゃ。なにか理由をつけて、この人から逃れる術はないものか。だって怪しいもの、限りなく怪しすぎるもの。関わりたくないよ、金輪際。
「あっ、あのですねーっ! 私は――」
  ……いや、ちょっと待て。
  そこで、私は突然閃いた。そうだよ、そう、コイツって晶くん的にも今回の「事件」においてスペシャル怪しい人物のひとりだよね? そんな人間が自分からコンタクトを取ってくるなんて、ある意味すごく貴重なことではないだろうか。
  そうだそうだ、だったら怖いからってここで逃げ出しちゃ駄目。虎穴に入らずんば虎児を得ず、って言葉どおりだよ。勝機が欲しかったら、自分から相手の懐に飛び込まなくちゃ。
「えっ、えっと……」
  考えろ、考えるんだ自分。どうしたら、コイツに取り込めるかを。
「本当に……私が晶くんのファンであることを黙っていていただけるんですか?」
  恐る恐る、怯えるように上目遣いで。今日の私は女優よ、ほらショウの顔が嬉しそうに輝いてる。
「うん、それはもちろん約束するよ」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
  神妙に答える間にも、私の頭の中はぐるぐるとフル稼働。このあとどんな風に切り出そうか、それを必死で考えていた。
「それで、先ほどの話なんですが」
「うん?」
「晶くんがヤバイ状況になってるって、それってどういうことですか?」
  あれだけうろたえておいてよく言うよって感じだけど、とにかくは今初めて聞いた情報のように問いかけていた。うんうん、私はそんなこと少しも知らないんだから。マネージャーとして、がっつり聞いておかなくちゃってことなんだよ。
「え? 知らないって……そんなことないだろ?」
  ショウの驚きも半端ない。ただ、コイツは芸達者な役者なんだから、どこまでが本気でどこから演技なのかは私のような素人にわかりっこない。
「いえっ、本当になにも知らないんです。そりゃ、榊田さんがいきなりあんなことになって、変だなとは思ったんですが、社長以下事務所の皆もなにも気にしていない様子ですし……」
「へえ、それはまた、お気楽なことだね。いいの? アキラみたいな大物をそんな風に扱ってて」
「はあ……そう言われてしまうと、返す言葉もありませんね」
  しおらしくうなだれる私を見守りつつ、ショウはうーんと首をひねってる。いいぞいいぞ、少しは食いついてきた? うんうん、そうじゃなくちゃ。
「でも、私としてはそのような情報を耳に入れてしまった以上、知らんぷりはできません。ですから小早川さんのご存じの範囲で構いませんから、詳細を教えていただけませんか?」
  自分にできる限りの真剣な眼差しを彼に向けてみた。雑誌やテレビで見つけたときには「あ、ショウだ」とか呼び捨てにしてしまう私も、今はお仕事モード。「こばやかわ」なんて、舌を噛みそうだった。
  そんな私を、真っ直ぐな瞳で見つめていたショウは、ややあってから小さく溜め息をつく。
「な〜んだ、こっちにも新情報ナシか。期待していたんだけどなーっ」
  彼がさりげなく上着のポケットから取り出したものを見て、私の心臓は跳ね上がった。
「な……なんですか、これ」
  努めて冷静な口調を装ったつもりだったけど、ちゃんと演技できてただろうか。なにしろこっちは素人、晶くんやショウのように上手くはいかないよ。
  だってだって、目の前に差し出されたのは、ありきたりの白封筒。表にはワープロで打ち出したショウの事務所の住所と彼自身の芸名が印字されている。
  これって……私のところへ届いてるのと同じじゃない。
「半月くらい前からかな、こういうのが毎日送られてくるようになったんだよ。封入されている文面はいつも同じ、『ササクラアキラ ノ ファン スグヤメロ コレハ チュウコクダ』……って、人を馬鹿にするのもたいがいにしろって言うの」
「は、はあ……」
  半月前からってことは、私の倍以上届いているってこと? 今日でマネージャー代理になって六日目だから、こっちの手元に届いている封書は六通だ。
「だいたいさ、俺がアキラのファンだってことを知っている奴は限られてるし、そいつらがこんな馬鹿な真似をするとは思えない。そう思っているうちに、アキラのマネージャーが怪我したろ? ああ、これはなにかあるなと思ったんだ。おおかた、あの人のところにもこういうのが届いてたんじゃない?」
「さ、さあ、……そのような話は聞いていませんけど」
  あ、でも、そういえば。
  マネージャーの代理を押しつけられたその日、榊田さんの病室を訪れたときの彼はちょっと変だった気がする。こっちの質問をはぐらかしてたし、なにかを必死で隠そうとしていたような……。
「千里ちゃん、これに本当に見覚えない? 君のところにも届いているんじゃないかな」
「いえっ、そのようなことはありません! 今、初めて見ました!」
  私は咄嗟に首を横に振っていた。正直なことを話してしまおうかとも考えたけど、まだこの人が敵か味方か判断がつかない。もしかしたら一連の犯人で、こっちの疑いを回避するために自前でこの封書を作ったかも知れないし。
「……ふうん、そう。じゃ、コイツは千里ちゃんにはノータッチってことか。それは良かった」
  そして、にっこりと笑ったりするのね。半端なく綺麗な顔で真正面から微笑まれると、背筋がぞぞぞっとする。
「アキラのことも心配だけど、千里ちゃんのことはもっと心配だったんだ。だって君は、俺の大切なハニーだからね」
  いやいやいや、それは違うだろう。なんでこの人、繰り返しこんな冗談言うんだろ。
「それじゃ、とりあえず携帯出して。あ、プライベートの方でいいよ」
  私がポケットから取り出したとたん、彼に奪い取られてしまった。そしてあっという間にキー操作して、アドレス交換。
「……さ、これで良し。次からは、二十四時間いつでも君を呼び出せるね、――と、残念。そろそろ時間切れだ」
  そう言って、ショウは私に携帯を投げ返してきた。
「じゃあね、千里ちゃん。困ったときにはすぐに連絡するんだよ〜っ!」
  大きく手を振りながら走り去っていく姿を呆然と見守っていると、すぐに背後で監督の「カーット!」の声が響いた。

   

つづく♪ (111027)

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