TopNovel>その微笑みに囚われて・10

 

「なっ、ななな……」
  ちょっと待て。これっていったい、どういうこと?
  頭の中、大混乱。次の瞬間にはまた新しい番号が読み上げられたけど、そんなのもうどうでも良くなっていた。
「あ、あなたって……」
  そう、この人。知ってるよ、……と言うより、昨日出逢ったばかりじゃない!
「ふふ、やっと気づいてくれた♪」
  彼はそう言って、元どおりにサングラスをかけた。でも、一度気づいてしまったら、もう平静ではいられなくなる。
  ――小早川翔矢、通称・ショウ。
  どうしてこの人がここにいるの? だって、晶くんのファンクラブ集会だよっ……!
  ……って、こっちだってかなりな有名人じゃない。こんな閉鎖された空間で誰かに正体が知れたらどうするつもり……!?
「……ふうん、思ってたよりも地味なリアクションだな。もう少し派手に驚いてくれないと面白くないよ」
  そう言いつつ、ショウはさらにこちらに擦り寄ってきた。……ち、ちょっとくっつきすぎだよ! でも、会場内にいる私たち以外の人たちの視線は皆、ステージに釘付け。幸か不幸か、この状況に気づいている人はひとりもいない。
「さっき入って来たときから気になってたんだよね〜君って、俺の好みのタイプ。ねえ、アキラなんてやめて俺に乗り換えない?」
  なにっ、この人! まさかのファンの引き抜きに来てるのっ……!?
「いっ、いえ! ご遠慮させていただきますっ!」
  止めてっ、なんで肩に腕を回してくるの! ちょっ、ちょっとマズいって。いい加減にしてよ〜っ!
「つれないこと言わないで。これって、運命の出会いじゃない」
「こっ、困ります……!」
  もちろん、周囲の人たちに見つからないように小声での攻防。なっ、なんでこの人、こんなにべたべたするの? ちょっと、雑誌やTVで観るのとイメージ違いすぎだよっ!
「残念だなあ、さすがアキラのファン。身持ちが堅いったら」
  そ、そう言う問題じゃないと思いますけど。
「このあと、暇ある? 是非、ゆっくり語り合いたいな」
「も〜っ、いい加減にしてください!」
「いいじゃん、ファン同士仲良くしようよ」
  ここまで来て、さすがの私も「変だな」と気づく。最初はね、すっかり身バレしていると考えてた。だって、昨日会ったばかりだし。だけど、どうも様子が違う。
「俺、実はプレミア会員なんだよね。だから、舞台のチケットとかもすごくいい席が取れるんだ。君、最近入会したばかりでしょう? だったら、つないだこの手は離さない方がいいよ」
  ……って、いつの間にか手を握ってるし!
  いくらいい男だからって、ここまでやったら痴漢だよっ。
「お、お断りさせていただきます!」
「そんなこと、言わないでさ〜」
  こうなると、会場内をチェックするどころの騒ぎじゃない。はっきり言って、これ以上この人に関わるのは危険すぎる。
  でも、逃げようとしても手を握られたまんまだし。
  あまり騒ぎ立てても良くないし、かといってするっと抜け出せないし、マジ困った。そしたら、ショウは私の耳元に唇を寄せて言うの。
「ねえ、……君、アキラのことが大好きだよね?」
  ぎ、ぎゃあっ! 息がっ、息が掛かる……!
「だったら、是非、俺に協力してもらえたらと思うんだけど」
「は?」
  次の瞬間、場内につんざくような悲鳴が響き渡った。
  見ると、ステージの上の司会者が大きく手を挙げている。
『さ〜あっ、とうとうビンゴが出ましたか! 幸運のお姫様、どうぞこちらまでおいでください〜っ!』
  場内が騒然として、何故が皆が押し合いへし合いになってる。
  そして、ショウの手の力が緩んだのを、私は逃さなかった。
「ちょっと待て! まだ話が――」
  いやいやいや、もうこっちはなにも聞きたくなんてありませんから……!
  私は立ち見のファンの中をわざと縫うように進んでいき、入ったのとは全然別の入り口からするりと外に逃れた。そしてそのまま後ろを振り向くことなく、走る、走る、走る……! 途中、靴が片方脱げてどこかに行っちゃったけど、そんなの構っちゃいられない。
  ようやくたどり着いた女子トイレに飛び込み、ホッと一息。慌てて元の姿、というかこっちが「変装」なんだけど、に戻ってやれやれだ。
「あ、あれは……いったい、なんなのっ……!」
  まだ呼吸が整わないまま、それでも今起こったばかりの状況を頭の中でおさらいする。
  だいたい、初っぱなから変。
  小早川翔矢は晶くんのライバル。昨日の様子から見ても、ふたりが仲良しというシナリオは存在しない。少なくとも、晶くんの方はショウを嫌っている感じだった。
  それなのに、どういう訳か、その犬猿の仲の張本人が晶くんのファンクラブの集いに参加している。しかも、プレミア会員とか訳のわからないことを言ってた。
  それって……それって、滅茶苦茶怪しくない? なにが悲しくて、ライバルがファンにキャーキャーされるところを見たいかな。もしかして、ショウってマゾ? え〜っ、そんなのアリ!?
  で、彼。なんか、変なことを言ってたよな…… 
  ――と。
  そこまで思いを巡らせていたところで、いきなり携帯の呼び出し音が鳴り出す。慌てて、相手を確かめたら……げげげっ、晶くんだ。
『おいっ、どこほっつき歩いてるんだ! もう終わったぞ、とっとと迎えに来い』
  ひーっ、桃太郎がご立腹だぁ〜!

 でかい紙袋を手に、わたわたと通路を進んでいく私。何しろ、靴が片方ないんだから走りづらいってば。トイレだって、ずっと片足ケンケンでとても大変だった。
「遅いっ!」
「すっ、すみません……!」
  会場の入り口には、晶くんとファンクラブ会長の小野寺朱美さんが待っていた。私の姿をひと目見た小野寺さんは勝ち誇ったように微笑む。
「あら、ずいぶんと慌てたご様子。スカートのホックが前に来ているわよ」
  うわあっ、本当だ。急いで着替えたら、そこらじゅうが大変なことになっていた。
「ふふふ、でも良かったわ。臨時に決まったのがあなたのような子で。晶に女性マネージャーなんて穏やかじゃないもの、悪い噂でも立ったら大変よ」
「は、はあ……ありがとうございます」
  これって、絶対に褒め言葉ではないな。まあ、変にバッシングをされるよりはマシか。
「じゃあ、晶。今日は本当にお疲れ様。また、次の日程が近づいたら連絡をするわ。では、私はそろそろ会場に戻らないと……」
  そう告げる間にも、小野寺さんは常に晶くんのそばにぴったりと寄り添ってボディタッチを繰り返す。襟元を直す振りして服の上から胸を触ったり、かなりあからさま。本人としてはさりげなくやっているつもりなんだろうなあ、晶くんも嫌がらずに相手をしているのがすごい。
「はいっ、今後ともよろしくお願いします!」
  合格点のお辞儀ができたと思うんだけどな、残念ながら小野寺さんの視線はこれっぽっちも私に向いていなかった。
  そして彼女が扉の向こうに消えたあと、待ってましたの不機嫌顔が戻ってくる。
「今まで、なにやってたんだ。こっちは遊びでやってるんじゃないんだぞ」
  こ、これって……イライラの矛先をすべて私に向けていません? なんか、自分がサンドバッグにでもなった気分になってくる。
「それに、お前。靴を片方、どうしたんだ」
  さらに、よれよれの全身をくまなくチェック。そして一番気づかれたくないところに目がいくし。
「しかも、その大荷物はなんだ。さては、仕事さぼって買い物にでも行っていたんだな」
「え、ええと……これは」
  本当のことなんて、言えるわけないし。だから、口をもごもご動かすしかなかった。
「まあ、いい。人目につかないうちにズラかるぞ」
  会場内からは割れんばかりの拍手が聞こえてくる。もしかして、そろそろイベントもお開きかも。そうなればぐずぐずしてはいられない。
「さあ、行くぞ。――ん?」
  くるりときびすを返して歩き出した晶くん。でも、すぐにまた足を止める。
「あれ、お前の靴じゃないか?」
  彼が指さすその先、狭い通路の真ん中にちょこんと置き去りにされたブラウンのローファー。
「わっ、本当だ!」
  えーっ、どうして!? もしかして、靴の方から歩いてきてくれたとか……まさかね。
  転がるように進み出て、靴の中に足を突っ込む。そしたら、かさっと、つま先に違和感。
「……?」
  まさか、と思って確かめると、小さなメモ用紙が入っていた。
『再会を楽しみに By.ショウ』

   

つづく♪ (110730・1003改稿)

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