TopNovel>その微笑みに囚われて・16

 

 すごーい、ここでもスタッフさんがいっぱいだ。
  仮にも芸能事務所の人間ありながら、いちいち感動していちゃ駄目なんだけど。屋外のロケなんて初めてだもの、なにもかもが目新しくてウキウキしてしまう。
  見たこともない大型の機器もたくさん。へええ、大きな扇風機みたいなのまであるよ。あれって、風を起こすのにつかうのかな。
  ロケ地は都心から少し離れた場所にある閑静な住宅地。でもって、すぐ側に山を切り崩した空き地があったり、その向こうには何故か砂浜があったり。ようするに一カ所でいろんな用途に使えるために、頻繁にカメラが入る場所らしい。
  そんなわけで住民の方々も撮影にすっごく慣れていて、さっき通り過ぎた小学生の一団なんて普通な感じで「こんにちはー」とかスタッフさんに挨拶してた。
  住宅地の一番奥の家がヒロインの自宅という設定。なんとこの家は、テレビ局数社が共同で買い上げてあるんだって。二時間サスペンスとかにも頻繁に登場するらしい。そう言われてみると、ちょっとお金持ち風だしいろんな話に利用しやすいかも。
  ふうん、これからはそのテの番組を気をつけて観てみようかな。いろいろな発見がありそうで、面白そう。
「おはようございまーすっ、麗奈ですっ! よろしくお願いしま〜す!」
  ……出た。
  そりゃ、ヒロインの自宅なんだから、この人がメインキャスト。
  でも、彼女が登場した瞬間、現場にいたスタッフさん全員の気持ちが異様な連帯感で繋がっていた。そりゃそうか、昨日の今日だしね。また、なにかトラブルを起こさないといいんだけど。……って、そんなことを私が心配しても仕方ないか。
  今日撮影予定のシーンには、晶くん演じるヒーローと麗奈ちゃん演じるヒロインのいわゆる「絡み」のシーンがとても多い。まあ、ふたりがどんどん接近しないと物語が進行しないんだし、それは仕方のないことなんだけど……そのせいか、晶くんはすんごく不機嫌だ。
  まあ、端から見れば演技に集中しているって感じにも取れるかな? でも、あれだいぶムカついてるよ。これで一日保つのか、マネージャーの立場としてはドキドキだ。
「えっとー、飲み物を調達してこようかな」
  ロケ現場にもいろんなペットボトルが準備されているんだけど、晶くんは基本、甘〜いミルクティかブラックのコーヒー。しかも銘柄にもかなりのこだわりがあるらしい。ないならないで我慢はしてくれるけど、気の張る現場にいるときくらい、好きなものを味わって欲しい。
  ちょっと歩いたところにコンビニがあったよな、そこまで足を伸ばそうか。現場はカメラテストが延々と続いている、休憩時間に組み込んだ雑誌の取材まではまだまだ間があるし、席を外すなら今のウチだ。

 そして、人気のない住宅街をひとり歩きつつ、ぼんやりと考える。
  不思議だよなあ、私が憧れの晶くんとこんな風に一緒にいられるなんて。そりゃあ、なんかイメージとは全然違ってるし、そのせいでいろいろショックも受けているわけだけど、だとしても何年も積み重ねていったものは健在だ。
  私が晶くんと最初に出会ったのは、高校三年生のとき。
  楽々取れると思っていた短大の指定校推薦枠から漏れてしまい、ものすごく落ち込んでいたそのときだった。
  これから一般受験? それとも専門学校に進路変更? ……いやいや、就職だってまだどうにかなるかも。頭の中がごちゃごちゃになって、なにもかもが虚しくなって、もうどうにでもなれ〜って投げやりな気持ちになっていたんだよね。
  そのときなんだよ、ふとつけたテレビの画面から、晶くんが私に呼びかけてきたのは。
「駄目だよ、諦めちゃ! 最後まで一緒に頑張ろう……!」
  彼は真剣な眼差しでそれだけ言い終えると、次の瞬間にふわっと柔らかい笑顔になった。
  なんか、もうね。それだけで、ノックアウトって感じ? 我ながらどうなっちゃってたのかわからないけど、落ち込んでいた気持ちが一気に浮上していた。
  そのドラマが、中学校を舞台にした学園ものだったとか、晶くんも中学三年生の設定で出ていたとか、その上彼は年下で――そういうのはこの際関係ない。
  彼は私の恩人。その言葉で、灰色だった世界が一転した。
  その後の私は死ぬ気で勉強して、指定校推薦で目指していたよりもレベルの高い大学に現役合格することができた。お陰で充実した四年間のキャンパスライフを送るれたし、あのときに頑張れて本当に良かったと思っている。
  そして、これはあとから知ったことなんだけど。
  晶くんにとっても、あの学園ドラマが一大転機であったんだよね。一般公募でエキストラに近い「その他大勢のクラスメイト」役で採用され、最初の数話は制服を着て椅子に座っているだけの目立たない存在だった。
  でもあのルックスでしょう、カメラの隅にちらっと映っただけでものすごい存在感。いつの間にか「彼はいったい誰?」って話題になって、テレビ局にも問い合わせが殺到。それで試しに……ってことで、短い台詞をいくつかもらえることになったそうだ。
  テレビ画面に大写しになったハニーフェイス、これに食いついた女子が多数出現。上昇気流のごとく一気に舞い上がり、半年間のドラマが終わる頃には堂々の準主役入りを果たしていた。その後、総集編も放映されたけど、晶くんの出番は他のメインキャラに負けず劣らず多かったんだよ。
  はー、最終話の卒業式シーン、マジで泣けたよな。
  晶くんの流した涙、キラキラ宝石みたいに輝いて、誰よりも綺麗だった。
  あんなに純粋な泣き顔を見せる男の子がこの世に存在したんだなとか、テレビの前でしばらく呆然としてしまったくらい。家族に「いつまでそんなところに座っているんだ」って声を掛けられるまで、気持ちごとドラマの中に飛んでいってしまってた。
  あれは物語の中での出来事、晶くんのキャラも単なる役柄。頭ではそれがわかっているつもりだった。でも駄目、その後も次々と彼がドラマ出演するたびに、真っ白なキャンバスみたいな純粋さに釘付けになってしまう。今までアイドルとかそういうのには全然興味がなかったのに、あっという間にのめり込んでた。
  もちろん、ファンクラブにだって即入会。彼に対するありとあらゆる情報を入手して、映画の先行試写会の舞台挨拶に先日のようなファンの集い、全国各所で行われるミニライヴや舞台にも足繁く通った。
  そう、私の幸せなキャンパスライフのそのほとんどのシーンに晶くんが登場しているんだ。同じ趣味の友達とかも見つけて、オフ会したりね。
  今の職場のバイト求人をネットで見つけたときには、半端なく舞い上がっていたよな。
  だって、晶くんが所属する芸能事務所だよ? ってことは、一緒に仕事ができる機会が舞い込んでくるかも知れない。そうじゃなかったとしても、廊下ですれ違うとか、それくらいのことは。ああ、どうしよう、どうしよう。
  面接を受けに行くときにもかなり緊張してた。どこで本人と鉢合わせするかわからないと思うと、おのずと気居合いが入ってしまう。その日に合わせて美容院に行き、スーツだって新調した。
  ――そしたら出てきたのが、あの社長。
「……うんにゃ、キミ、チィちゃんって言うのか。まあいいや、前の子が辞めて困ってるから、とりあえず明日から来てみてよ」
  本当にそんなんでいいのか!? ――と思わず突っ込みそうになったけど、翌日に仕事場にやって来て納得。つぎはぎ方式で大きくなっていった会社は、あっちもこっちも不具合だらけ。私のような右も左もわからないような人間でも、とにかく椅子に座って電話を取ったり簡単な書類を作成したりするだけで十分に役に立ってしまうのだ。
  成り行きで半年後には社員として正式採用、その後はずっと「日の出芸能事務所」で縁の下の力持ちとして過ごしている。
  晶くん本人と最初に対面したのは、バイトに入って半月くらい経ってからだったかな。一介の事務員である私が自己紹介をするはずもなく、「ただいま」「お疲れ様でした」という型どおりの挨拶ですべてが終わった。
  別にがっかりってほどのこともなかったな。それまでに顔を合わせてた、他のタレントさんや俳優さんたちとも同じような感じだったし。それに、本人を目の前にしたパワーってとにかくすごいの。だから、あっさりと通り過ぎるくらいが丁度いい。
  そういえば、ずいぶんあとになってから社長に訊ねたことがある、「どうして私を採用したんですか?」って。そしたら、社長は即答した。
「決まってるじゃん、チィちゃんからは変なオーラが出ていなかったから。そういうの、俺は目ざといんだよね」
  全然答えになってないような気がするし、そもそも褒められているんだかけなされているんだかも判断がつかない。だいたい「変なオーラ」って、なに? 社長って、どこからどこまで謎の人だ。
  でもね、残念なこともあった。
  勤務先が芸能事務所となれば、そこに所属するタレントのイベントにホイホイ顔を出せるはずもない。果たしてあっという間に幽霊会員になり果て、テレビドラマを録画したり、通販で舞台のDVDを購入したりするだけの生活になってしまった。

 たどり着いたコンビニはまずまずの品揃え。お目当ての商品をがっつり買い込めて、私はご機嫌だった。
  そして店を出て歩き出したところで、背後から肩を叩かれる。これって、かなりの不意打ち。当然ながら、心臓がひっくり返るほど驚いた。
「は〜いっ、ハニー!」
  ――え、嘘。
  まさかと思いつつ、振り向いたら。そこにはやはりサングラスに口元を覆うほどの大袈裟なショール、そして今日は後ろでひとつにまとめている黒髪長髪の彼が立っていた。
  風薫る五月、日差しがことのほか強くて汗ばむほどの陽気だから、このスタイルは異様なほど悪目立ちする。
「なっ、……なななっ……!」
  呆然と立ちすくむ私に、彼はにやりと笑った。

   

つづく♪ (111021)

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