和歌と俳句

與謝野晶子

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さくら人 髱ならべたる うしろをば 走りて過ぎぬ とわれと

うごきなき 湯津巌むらと おもひしは 螺の殻の あさましき床

三尺の たななし小舟 大洋に おのれ浮沈す 人あづからず

恋をして いたづらになる 命より 髪のおつるは をしくこそあれ

やごとなき 君王の妻に ひとしきは わがごと一人 思はるること

冬のこし 君がこころの 科にとぞ われは日ねもす 皮ごろも縫ふ

樺いろの 雲の中より こしと云ふ 童にまじり 朝寝しぬるも

明星の 光りの生みし あけがたの 風のたぐひか 山ほととぎす

夕風や 煤のやうなる 生ものの かはほり飛べる 東大寺かな

むらさきの 水したたりぬ 手を重ね わがある岩の 前の岩より

ああまぼろし うき現身の かたはらの 虚の家に 住み給ふ君

かなしさに 枕もよばず わが寝れば 畳もぬれつ 初秋の昼

髪あまた 蛇頭する 面ふり 君にもの云ふ われならなくに

君見よと 心を虐ぐ あるものと はげしくおつる あつき涙と

戸の中の 少女よあけよ 君が恋 すぎたるを知り つぐのひにきぬ

青白し 寒しつめたし もち月の 夜天に似たる しら菊の花

しり長に 酒召す人を 舞子ども 置きて河原に からくりを見る

あざやかに 漣うごく しののめの 水のやうなる うすものを着ぬ

わが背子が ここちよげなる 尾につきて 二こと三こと 云ふ春の朝

白蘭の 園に麒麟を 放つ日も もののはかなき 歎きをぞする