和歌と俳句

與謝野晶子

ふるさとは恋しけれども浦島の筥ならぬかと訪はず七とせ

わが小指琴をたたきて歌ふらく紫摩黄金の春とこそなれ

まぼろしに岩より垂れしお納戸の袂など見ゆ初秋の朝

枝にきて野鴉がなけば雨まじり八重のさくらの薄赤く散る

華やかに初冬の風二側のたかき松をばうごかして行く

下町の浪華役者のうはさなど人来てすればうぐひすの啼く

春の雨ばらの芽に降りニコライへ明神の鳩遊びにぞ来る

病ゆゑ身のおとろへて見る夢と白さの似たる木蓮の花

罌粟咲きぬさびしき白と火の色とならべてわれを悲しくぞする

百合の花青みて咲けばわが心ほのかに染みぬものの哀れに

わが子等の青芝走りたづねよる兎の目にも夏の匂ひぬ

わが皐月今年児のため縫ひおろす白き衣のここちよきかな

白き砂海にすべりて入る如き夜の遠方の山ほととぎす

いなづまの幾筋の火をはるかにも見下す山の夜のほととぎす

ほととぎす谷の青葉のくらきをば覗きてありぬ冷き岩に

船に居て青き水よりいづる月見しここちするうす黄の薔薇

石像のしろき足もと夕ぐれの白き足もと春の足もと

春の雨障子あくればわが部屋の煙草のけぶり散りまじるかな

木瓜の花馬のわきばら置きたると石をおもひぬ春の夕ぐれ

かなしくもこの木の質は烏羽玉の夜に花咲き白日に散る

わが船の寄らんとしつる島消えぬよしやあしやと驚かねども

ちさきもの喜びあひて手を振ると思ふ桜の花の上の雨

咀はれて咲かぬ蕾の残れるをわが胸に見ぬ一つなれども

ほつほつと麦の青めるところより風の吹きくるわが湯殿かな

根をはなち針にさしても咲くものは春のさくらと若きこころと