和歌と俳句

與謝野晶子

家のうちうす暗き日もあてやかに白きめでたきの顔かな

小ゆるぎの磯のあわびを人くれぬ上巳の雛の大みさかなに

うすものの夏も寒げに見ゆるまで痩せたる人となりにけるかな

わが障子あさみどりなる絽を張りぬ白き雨など注がせてまし

日もすがら石を叩けり我よりも愁はしげなる秋の雨かな

もの云ひてうしろ暗さを心知るこのおもむきの忘られぬかな

つれなくもせせら笑ひの声たてて夜通し爆ぜぬうしや炉の炭

わが子等がおしろいをもて青桐の幹に字かけばうぐひすの啼く

夕風やすみれの海に浮島をつくる少女のまろき撫肩

三輪の神アポロオの神おなじことしにくる神のうるはしきかな

月の夜や盥に飼へる金魚の子ほの赤くしてこほろぎの啼く

廊などのあまり長きを歩むとき尼のここちす春のくれがた

桜草白きうすでのさかづきに薬をつぎて守るかたはら

山ざくら酒屋の前に積み上げし樽に乗るなる春の日輪

桃色の春かぜの吹くこころより浄らなるなし浮きたるはなし

朝夕におのれあやふく思へるは病める身よりも病みたる心

牧の草パンの神きて大声に笑へる日なり白き雨降る

しろがねの燭台ひとつ中に立ちしめやかなるは三十路のこころ

秋の日はさびし切なし部屋の棚あらゆる花をもて飾れども

春の昼われかへり見て語ることありげに雨の草に降るかな

薄青きかなしみ我す夜ごとにすいつちよの啼く秋の来れば

あめつちのうす墨の色春来れば塵も余さず朱に変り行く

おもしろき絵を描きやると子を呼びぬ正月の来てなすことはこれ

庭に来る鳶の頭のはんてんの紺のにほひもよしや正月

わが見つる十七八の正月をよきこととして問ひ給ふかな