齋藤茂吉

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死にたまふ母

白ふぢの 垂花ちれば しみじみと 今はその實の 見えそめしかも

みちのくの 母のいのちを 一目見ん 一目みんとぞ ただにいそげる

灯あかき 都をいでて ゆく姿 かりそめの旅と 人見るらんか

吾妻やまに 雪かがやけば みちのくの 我が母の國に 汽車入りにけり

朝さむみ 桑の木の葉に 霜ふりて 母にちかづく 汽車走るなり

はるばると 薬をもちて 来しわれを 目守りたまへり われは子なれば

山いづる 太陽光を 拝みたり をだまきの花 咲きつづきたり

死に近き 母に添寝の しんしんと 遠田のかはづ 天に聞ゆる

死に近き 母が目に寄り をだまきの 花咲きたりと いひにけるかな

死に近き 母が額を 撫りつつ 涙ながれて 居たりけるかな

のど赤き 玄鳥ふたつ 屋梁にゐて 足乳根の母は 死にたまふなり

葬い道 すかんぽの華 ほほけつつ 葬り道べに 散りにけらずや

おきな草 口赤く咲く 野の道に 光ながれて 我ら行きつも

わが母を 焼かねばならぬ 火を持てり 天つ空には 見るものもなし

蕗の葉に 丁寧にあつめし 骨くずも みな骨瓶に 入れしまひけり

うらうらと 天に雲雀は 啼きのぼり 雪斑らなる 山に雲ゐず

かぎろひの 春なりければ 木の芽みな 吹き出づる山べ 行きゆくわれよ

ほのかなる 通草の花の 散るやまに 啼く山鳩の こゑの寂しさ

ふるさとの わぎへの里に かへり来て 白ふぢの花 ひでて食ひけり

山かげに 消のこる雪の かなしさに 笹かき分けて 急ぐなりけり

火のやまの 麓にいづる 酸の湯に 一夜ひたりて かなしみにけり

ほのかなる 花の散りにし 山のべに ながれて 行きにけるかも

たらの芽を 摘みつつ行けり 山かげの 道ほそりつつ 寂しく行けり

寂しさに 堪へて分け入る 山かげに 黒々と通草の 花ちりにけり

見はるかす 山腹なだり 咲きてゐる 辛夷の花は ほのかなるかも

蔵王山に 斑ら雪かも かがやくと 夕さりくれば 岨ゆきにけり

和歌と俳句