和歌と俳句

齋藤茂吉

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秋ふけに なりたるごとき けはひにて われは家うつり せむとして居り

寝ぐるしき 一夜辛うじて 過ごしたる あかつきの光 あはれなるべき

北海道の 北見の國に いのち果てし 兄をおもへば わすれかねつも

わが家の 猫が庭たづみを 飲みに来て 樂しきが如し くれなゐのした

夕ばえの 雲くれなゐに たなびける 御苑を去りて 行かむとぞする

もみがらを 燃やす炎が 夕ぐれて たちまちにして その煙匍ふ

冬の池の ほとりの石を 踏みこえぬ 時雨ふりこむを 恐るる如く

ふとぶとと 老いたる公孫樹の 下かげに われはたたずむ この年のくれ

やうやくに 歳くれむとする この園に 泰山木を かへり見ゐたり

ふゆがれし フイリダンチクの 黄色を われめづらしむ 園の隈みに

若草の いぶきわたらふ 頃ほひに 大野を越えて われ行かむとす

あめつちに 平和の心 さだまりて 今こそはひびけ 大きなる鐘

たわやめの 顔よきを 一瞬に われ勘づけば 東洋外國人

池の端の 蓮玉庵に 吾も入りつ 上野公園に行く道すがら

とらつぐみ 山の木立に 啼くときに 夜ふけむとして しきりに寂し

むく鳥は 強きこゑにて 叫びけり わが住む家の 眞近くに来て

あかつきの いまだ暗きに 蠅は飛ぶ 昨日の夜ふけに 飛びし一つ蠅

ここにして 一たかむらの こもりにも 籠るものあり いはれあるごと

宗達の 畫きたる畫に 小鳥居て われらが心を みたしくるるなり