和歌と俳句

若山牧水

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秋真昼 青きひかりに ただよへる 木立がくれの 家に雲見る

うすみどり うすき羽根着る ささ虫の 身がまへすあはれ 鳴きいづるらむ

日は寂し 万樹の落葉 はらはらに 空の沈黙を うちそそれども

見よ秋の 日のもと木草 ひそまりて いま凋落の 黄を浴びむとす

海の上の 空は真蒼に 陸の上に 雲居り日は 帆のうへに

むらむらと 中ぞら掩ふ 阿蘇山の けむりのなかに 泌む秋の日

虚の海 暗きみどりの 高ぞらの しじまの底に 消ゆる雲おもふ

落日や 街の塔の上 金色に 光れど鐘は なほ鳴りいでず

日が歩む かの弓形の 蒼空の 青ひとすぢお みち高きかな

落葉焚く あをきけむりは ほそほそと 木の間を縫ひて 夕空へ行く

悲しさの あふるるままに 秋のそら 日のいろに似る 笛吹きいでむ

富士よゆるせ 今宵は何の 故もなう 涙はてなし 汝を仰ぎて

凪ぎし日や 虚の御そらに ゆめのごと 雲はうまれて 富士恋ひて行く

雲らみな 東の海に 吹きよせて 富士に風冴ゆ 夕映のそら

雲はいま 富士の高ねを はなれたり 据野の草に 立つ野分かな

赤々と 富士火を上げよ 日光の 冷えゆく秋の 沈黙のそらに

山茶花は 咲きぬこぼれぬ 逢ふを欲り またほりもせず 日経ぬ月経ぬ

遠山の 峯の上にきゆる ゆく春の 落日のごと 恋ひ死にも得ば

黒かみは ややみどりにも 見ゆるかな 灯にそがひ泣く 秋の夜のひと

立ちもせば やがて地にひく 黒髪を 白ほとゆひに 結ひあげもせで