和歌と俳句

若山牧水

15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25

信濃なる つばくら嶽の みねに生ひし 栂の木を植う 其処より持ちて

青苔に つつみ持てこし 栂の木の そのちひさきが あをあをと居る

愛鷹の 傾斜にしげき 襞ごとに 篭らふ雲は 朝乱れたり

愛鷹に 朝居る雲の たなびかば 晴れむと待てや 富士のくもりを

赤飯の 花と子等いふ 犬蓼の 花はこちたし 家のめぐりに

ときは樹は 遠きに光り 柿紅葉 やはらかなれや 窓のひなたに

刈株の 蕎麦が根赤き 霜月の 香貫が原に 雲雀ゐて啼く

めづらしき この霜月の 日照雨に 庭のもみぢ葉 いろぞ滴る

裾野かけて 今は積みけむ 富士が嶺の 雪見に登る 愛鷹の尾根を

愛鷹の いただき疎き 落葉木に 木がくり見えて 富士は輝く

山の根の 淵に沿ひつつ 一すぢの 道はつづけり 冬の日向に

茶の間より 見る庭さきの 冬薔薇の とぼしき花は つぎつぎに咲く

愛鷹に 大雪降れり 百襞の 真くろき森を 降り埋みつつ

抽匣の 数の多さよ 家のうち かき探せども 一銭もなし

貧しさに 追はれていつか 卑しきを 銭に覚えぬ 四十路近づき

ゆく水の とまらぬこころ 持つといへど をりをり濁る 貧しさゆゑに

わが投げし 小石の音の 石原に ひびきて寒き 冬の日の影

雲丹の子の うちあげられし 拾ひとり 小指さされぬ 朝寒の浜に

うす雲と 沖とひといろに 煙りあひて 浜は濡れゆく 今朝の時雨に