和歌と俳句

若山牧水

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見廻せば わがたたずめる 足もとの とりどりの草に 朝の露みゆ

ほどもなく 咲かむと言へば 葉ごもりに 咲きゐて紅し 葵の花

明日漕ぐと たのしみて見る 沼の面の 闇の深きに 行々子の啼く

わが宿の 灯かげさしたる 沼尻の 葭のしげみに 風さわぐなり

沼とざす 真闇ゆ虫の まひよりて つどふ宿屋の 灯に遠くゐる

船つき場 油煙あがりて 夏の夜の 川蒸汽待つ ひとの群れ見ゆ

をみなたち 群れてものあらふ 水際に 鹿島の宮の 鳥居古りたり

鹿島香取 宮の鳥居は 湖岸の 水にひたりて 隔り向へり

苫蔭に ひそみつつ見る 雨の日の 浪逆の浦は かき煙らへり

雨けぶる 浦をはるけみ ひとつゆく これの小舟に 寄る浪きこゆ

梅雨晴の 昼吹く風に しらじらと 花粉をこぼす 高き草立てり

真昼降る ゆふだち雨に 見とれつつ 窓辺に居れば 蚊のしげきかも

投挿の 百合のつぼみの 数わかずそ のひとつひらく この暁に

植ゑすてし 庭のダリヤの 伸びはせで くれなゐ深き 花つけにけり

暑かりし ひと日は暮れて 庭草の 埃しづもり 月見草咲けり

みじか夜の いつしか更けて 此処ひとつ あけたる窓に 風の寄るなり

昼焚きて 机のかげに 置きたれば ほのぼの昇る 蚊遣香のけむり

降りつづく 雨をいぶせみ わが篭る 窓にしたしき 蚊遣香かも

焚き馴れて いまやめがたき 蚊遣香の 昼のけむりは むらさきに立つ