和歌と俳句

源氏物語の中の短歌

まぼろし

わが宿は花もてはやす人もなし何にか春の訪ねきつらん

香をとめて来つるかひなくおほかたの花の便りと言ひやなすべき

うき世にはゆき消えなんと思ひつつ思ひのほかになほぞ程経る

植ゑて見し花の主人もなき宿に知らず顔にて来居る

今はとて荒しやはてん亡き人の心とどめし春の垣根を

泣く泣くも帰りにしかな仮の世はいづくもつひのとこよならぬに

かりがゐし苗代水の絶えしよりうつりし花の影をだに見ず

夏ごろもたちかへてける今日ばかり古き思ひもすずみやはする

羽衣のうすきにかはる今日よりは空蝉の世ぞいとど悲しき

さもこそは寄るべの水に水草ゐめ今日のかざしよ名さへ忘るる

おほかたは思ひ捨ててし世なれどもあふひはなほやつみおかすべき

亡き人を忍ぶる宵の村雨に濡れてや来つる山ほととぎす

郭公君につてなん古さとの花橘は今盛りぞと

つれづれとわが泣き暮らす夏の日をかごとがましき虫の声かな

夜を知る蛍を見ても悲しきは時ぞともなき思ひなりけり

七夕の逢ふ瀬は雲のよそに見て別れの庭の露ぞ置添ふ

君恋ふる涙ははてもなきものを今日をば何のはてといふらん

人恋ふるわが身も末になりゆけど残り多かる涙なりけり

もろともにおきゐし菊の朝露もひとり袂にかかる秋かな

大空を通ふまぼろし夢にだに見えぬこの魂の行く方尋ねよ

宮人は豊の明りにいそぐ今日かげも知らで暮らしつるかな

死出の山越えにし人を慕ふとて跡を見つつもなほまどふかな

かきつめて見るもかひなし藻塩草同じ雲井の煙とをなれ

春までの命も知らず雪のうちに色づく梅を今日挿頭てん

千代の春見るべきものと折りおきてわが身ぞ雪とともにふりぬる