和歌と俳句

源氏物語の中の短歌

真木柱

下り立ちて汲みは見ねども渡り川人のせとはた契らざりしを

みつせ川渡らぬさきにいかでなほ涙のみをの泡と着えなん

心さへそらに乱れし雪もよに一人さえつる片敷の袖

一人ゐて焦るる胸の苦しきに思ひ余れる焔とぞ見し

うきことを思ひ騒げばさまざまにくゆる煙ぞいとど立ち添ふ

今はとて宿借れぬとも馴れ来つる真木の柱はわれを忘るな

馴れきとは思ひ出づとも何により立ちとまるべき真木の柱ぞ

浅けれど石間の水はすみはてて宿守る君やかげはなるべき

ともかくも石間の水の結ぼほれかげとむべくも思ほえぬ世を

深山木に翅うち交はしゐる鳥のまたなく妬き春にもあるかな

などてかくはひ合ひがたき紫を心に深く思ひ初めけん

いかならん色とも知らぬ紫を心してこそ人はそめけれ

九重に霞隔てば梅の花ただかばかりも匂ひこじとや

かばかりは風にもつてよ花の枝に立ち並ぶべき匂ひなくとも

かきたれてのどけきころの春雨にふるさと人をいかに忍ぶや

ながめする軒の雫に袖ぬれてうたかた人を忍ばざらねや

思ふとも恋ふとも言はじ山吹の色に衣を染めてこそ着め

思はずも井手の中みち隔つとも言はでぞ恋ふる山吹の花

夕されば野辺に鳴くてふかほ鳥の顔に見えつつ忘られなくに

おなじ巣にかへりしかひの見えぬかないかなる人か手ににぎるらん

巣隠れて数にもあらぬ雁の子をいづ方にかはとりかくすべき

おきつ船よるべ浪路にただよはば棹さしよらん泊まりをしへよ

よるべなみ風の騒がす船人も思はぬ方に磯づたひせず