和歌と俳句

源氏物語の中の短歌

神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れる榊ぞ

少女子があたりと思へば榊葉の香をなつかしみとめてこそ折れ

暁の別れはいつも露けきをこは世にしらぬ秋の空かな

大方の秋の別れも悲しきに鳴く音な添へそ野辺の松虫

八洲もる国つ御神もこころあらば飽かぬ別れの中をことわれ

国つ神空にことわる中ならばなほざりごとを先づやたださん

そのかみを今日はかけじと思へども心のうちに物ぞ悲しき

ふりすてて今日は行くとも鈴鹿川八十瀬の波に袖は濡れじや

鈴鹿川八十瀬の波に濡れ濡れず伊勢までたれか思ひおこせん

行くかたをながめもやらんこの秋は逢坂山を露な隔てそ

蔭ひろみ頼みし松や枯れにけん下葉散り行く年の暮れかな

さえわたる池の鏡のさやけさに見なれし影を見ぬぞ悲しき

年暮れて岩井の水も氷とぢ見し人影のあせも行くかな

心からかたがた袖を濡らすかな明くと教ふる声につけても

嘆きつつ我が世はかくて過ぐせとや胸のあくべき時ぞともなく

逢ふことの難きを今日に限らずばなほ幾世をか嘆きつつ経ん

長き世の恨みを人に残してもかつは心をあだとしならん

あさぢふの露の宿りに君を置きて四方の嵐ぞしづ心なき

風吹けば先づぞ乱るる色かはる浅茅が露にかかるささがに

かけまくも畏けれどもそのかみの秋思ほゆる木綿襷かな

そのかみやいかがはありし木綿襷心にかけて忍ぶらんゆゑ

九重に霧や隔つる雲の上の月をはるかに思ひやるかな

月影は見し世の秋に変はらねど隔つる霧のつらくもあるかな

木枯らしの吹くにつけつつ待ちし間におぼつかなさの頃も経にけり

あひ見ずて忍ぶる頃の涙をもなべての秋のしぐれとや見る

別れにし今日は来れども見し人に行き逢ふほどをいつと頼まん

ながらふるほどは憂けれど行きめぐり今日はその世に逢ふ心地して

月のすむ雲井をかけてしたふともこのよの闇になほや惑はん

大方の憂きにつけては厭へどもいつかこの世を背きはつべき

ながめるか海人の住処と見るからにまづしほたるる松が浦島

ありし世の名残りだになき浦島に立ちよる波のめづらしきかな

それもがと今朝開けたる初花に劣らぬ君がにほひをぞ見る

時ならで今朝咲く花は夏の雨に萎れにけらし匂ふほどなく