和歌と俳句

源氏物語の中の短歌

手習

身を投げし涙の川の早き潮にしがらみかけてたれかとどめし

われかくて浮き世の中にめぐるともたれかは知らん月の都に

あだし野の風になびくな女郎花われしめゆはん路遠くとも

移し植ゑて思ひ乱れぬ女郎花浮き世をそむく草の庵に

松虫の声をたづねて来しかどもまた荻原の露にまどひぬ

秋の野の露分け来たる狩ごろも葎茂れる宿にかこつな

忘られぬ昔のことも笛竹の継ぎし節にも音ぞ泣かれける

笛の音に昔のことも忍ばれて帰りしほども袖ぞ濡れにし

はかなくて世にふる川のうき瀬には訪ねも行かじ二本の杉

ふる川の杉の本立知らねども過ぎにし人によそへてぞ見る

心には秋の夕べをわかねどもながむる袖に露ぞ乱るる

山里の秋の夜深き哀れをも物思ふ人は思ひこそ知れ

うきものと思ひも知らで過ぐす身を物思ふ人と人は知りけり

なきものに身をも人をも思ひつつ捨ててし世をぞさらに捨てつる

限りぞと思ひなりにし世の中をかへすがへすもそむきぬるかな

岸遠く漕ぎ離るらんあま船に乗りおくれじと急がるるかな

こころこそ浮き世の岸を離るれど行くへも知らぬあまの浮き木ぞ

木がらしの吹きにし山の麓には立ち隠るばき蔭だにぞなき

待つ人もあらじと思ふ山里の梢を見つつなほぞ過ぎうき

おほかたの世をそむきける君なれど厭ふによせて身こそつらけれ

かきくらす野山の雪をながめてもふりにしことぞ今日も悲しき

山里の雪間の若葉摘みはやしなほ生ひさきの頼まるるかな

雪深き野べの若葉も今よりは君がためにぞ年もつむべき

袖振れし人こそ見えね花の香のそれかとにほふ春のあけぼの

見し人は影もとまらぬ水の上に落ち添ふ涙いとどせきあへず

あま衣変はれる身にやありし世のかたみの袖をかけて忍ばん