身を投げし涙の川の早き潮にしがらみかけてたれかとどめし
われかくて浮き世の中にめぐるともたれかは知らん月の都に
移し植ゑて思ひ乱れぬ女郎花浮き世をそむく草の庵に
松虫の声をたづねて来しかどもまた荻原の露にまどひぬ
秋の野の露分け来たる狩ごろも葎茂れる宿にかこつな
忘られぬ昔のことも笛竹の継ぎし節にも音ぞ泣かれける
笛の音に昔のことも忍ばれて帰りしほども袖ぞ濡れにし
はかなくて世にふる川のうき瀬には訪ねも行かじ二本の杉
ふる川の杉の本立知らねども過ぎにし人によそへてぞ見る
心には秋の夕べをわかねどもながむる袖に露ぞ乱るる
山里の秋の夜深き哀れをも物思ふ人は思ひこそ知れ
うきものと思ひも知らで過ぐす身を物思ふ人と人は知りけり
なきものに身をも人をも思ひつつ捨ててし世をぞさらに捨てつる
限りぞと思ひなりにし世の中をかへすがへすもそむきぬるかな
岸遠く漕ぎ離るらんあま船に乗りおくれじと急がるるかな
こころこそ浮き世の岸を離るれど行くへも知らぬあまの浮き木ぞ
木がらしの吹きにし山の麓には立ち隠るばき蔭だにぞなき
待つ人もあらじと思ふ山里の梢を見つつなほぞ過ぎうき
おほかたの世をそむきける君なれど厭ふによせて身こそつらけれ
かきくらす野山の雪をながめてもふりにしことぞ今日も悲しき
山里の雪間の若葉摘みはやしなほ生ひさきの頼まるるかな
雪深き野べの若葉も今よりは君がためにぞ年もつむべき
袖振れし人こそ見えね花の香のそれかとにほふ春のあけぼの
見し人は影もとまらぬ水の上に落ち添ふ涙いとどせきあへず
あま衣変はれる身にやありし世のかたみの袖をかけて忍ばん