和歌と俳句

源氏物語の中の短歌

若紫

生ひ立たんありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えんそらなき

初草の生ひ行く末も知らぬまにいかでか露の消えんとすらん

初草の若葉の上を見つるより旅寝の袖も露ぞ乾かぬ

枕結ふ今宵ばかりの露けさを深山の苔にくらべざらなん

吹き迷ふ深山おろしに夢さめて涙催す滝の音かな

さしぐみに袖濡らしける山水にすめる心は騒ぎやはする

宮人に行きて語らん山ざくら風よりさきに来ても見るべく

優曇華の花まち得たるここちして深山桜に目こそ移らね

奥山の松の戸ぼそを稀に開けてまだ見ぬ花の顔を見るかな

夕まぐれほのかに花の色を見て今朝は霞の立ちぞわづらふ

まことにや花のほとりは立ち憂きと霞むる空のけしきをも見ん

面かげは身をも離れず山ざくら心の限りとめてこしかど

嵐吹く尾上のさくら散らぬ間を心とめけるほどのはかなさ

浅香山浅くも人を思はぬになど山の井のかけ離るらん

汲み初めてくやしと聞きし山の井の浅きながらや影を見すべき

見てもまた逢ふ夜稀なる夢の中にやがてまぎるるわが身ともがな

世語りに人やつたへん類ひなく憂き身をさめぬ夢になしても

いはけなき鶴の一声聞きしより葦間になづむ船ぞえならぬ

手に摘みていつしかも見ん紫の根に通ひける野辺の若草

あしわかの浦にみるめは難くともこは立ちながら帰る波かは

寄る波の心も知らで和歌の浦に玉藻なびかんほどぞ浮きたる

朝ぼらけ霧立つ空の迷ひにも行き過ぎがたき妹が門かな

立ちとまり霧の籬の過ぎうくば草の戸ざしに障りしもせし

ねは見ねど哀れとぞ思ふ武蔵野の露分けわぶる草のゆかりを

かこつべき故を知らねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらん