和歌と俳句

源氏物語の中の短歌

竹河

折りて見ばいとど匂ひもまさるやと少し色めけ梅の初花

よそにては椀木なりとや定むらん下に匂へる梅の初花

人は皆花に心を移すらん一人ぞ惑ふ春の夜の闇

折からや哀れも知らん梅の花ただかばかりに移りもせじ

竹河のはしうちいでし一節に深き心の底は知りきや

竹河によを更かさじと急ぎしもいかなる節を思ひおかまし

桜ゆゑ風に心の騒ぐかな思ひぐまなき花と見る見る

咲くと見てかつは散りぬる花なれば負くるを深き怨みともせず

風に散ることは世の常枝ながらうつろふ花をただにしも見じ

心ありて池の汀に落つる花泡となりてもわが方に寄れ

大空の風に散れども桜花おのがものぞと掻き集めて見る

桜花匂ひあまたに散らさじとおほふばかりの袖はありやは

つれなくて過ぐる月日を数へつつ物怨めしき春の暮かな

いでやなぞ数ならぬ身にかなはぬは人に負けじの心なりけり

わりなしや強きによらん勝ち負けを心一つにいかが任する

哀れとて手を許せかし生き死にを君に任するわが身とならば

花を見て春は暮らしつ今日よりや繁きなげきの下に惑はん

今日ぞ知る空をながむるけしきにて花に心を移しけりとも

哀れてふ常ならぬ世の一言もいかなる人に掛くるものぞは

生ける世の死には心に任せねば聞かでややまん君が一言

手にかくるものにしあらば藤の花松よりまさる色を見ましや

紫の色は通へど藤の花心にえこそ任せざりけれ

竹河のその夜のことは思ひいづや忍ぶばかりの節はなけれど

流れての頼みむなしき竹河に世はうきものと思ひ知りにき