和歌と俳句

若山牧水

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夏がすみ かきけぶらへる 足柄の 峰の上の空ゆ 飛行機来る

うらかなしき 霞にもあれや 真夏空 けぶらふなかに 飛行機は見ゆ

真夏空 けぶらふなかに おほどかに 響かきたてて ゆくよ飛行機

富士がねの こなたの空を 斜に切りて 二つうち並び 行くよ飛行機

故郷に 墓をまもりて 出でてこぬ 母をしぞおもふ 夢みての後に

空家めく 古きがなかに すわりたる 母と逢ひにけり みじかき夢に

鮎焼きて 母はおはしき ゆめみての 後もうしろで ありありと見ゆ

夢ならで 逢ひがたき母の おもかげの 常におなじき 瞳したまふ

白き髪 ちひさき御顔 ゆめのなかの 母はうつつに 見えたまふかも

かたくなの 母の心を なひしかねつ その子もいつか 老いてゆくなる

名はいまは 忘れはてたれ 顔のみの ふるさとびとぞ 夢に見え来る

水あふひ 水にうつりて ほのかなる 花のむらさきは 藍に近かり

かろやかに 音かきたてて わけてゆく 真菰がなかの 舟のちひささ

さかづきの いと小さきに 似てもをれや 浮きて咲きたる 水草の花

かいつぶりの 頭ばかりが 浮きてをり 黒くちひさく をりをり動き

鵜の鳥の 大きくるかな のさなか 真菰の蔭ゆ まひ出でてゆく

水草の うき葉のうへに とまりたる うす水色の 蜻蛉なりけり

のうへに まひあそぶあきつ をりをりを うき草の葉に 寄りていこへる

咲き出でて 日は浅からむ 真菰の花 うす紅のいろを 含みたるかも

秋の野の 芒のさまは 似は似つれ みづみづしきよ 真菰の原は

ひとしなみに なびける見れば このの 真菰は北に 靡きたるなり

夕焼の 名残は見えて 三日の月 ほのかなるかも の上の空に

はるけくて えわかざりけり のうへや 近づき来る 鷺にしありける