和歌と俳句

若山牧水

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苗代茱萸 熟れて落つれば 秋ぐみの 花ほの白く 咲きいでにけり

摘みとりて くふぐみ渋し しぶけれど をさなかりし日 しのびつつくふ

朝づく日 いまだ射さねば 葛の葉に おきわたす露は 真白なりけり

蚊のひとつ 来てぞさすなる 長月の 汽車の窓べに もの読みをれば

石蕗の 花咲きみてり 君が家の 寂びて並べる 庭石の蔭に

鴉島 かげりて黒き 磯の岩に 千鳥こそ居れ 漕ぎ寄れば見ゆ

この小島 人の棲まねば 静けくて いま石蕗の 花の真さかり

この島よ 樹々茂れれば 木がくりの 崖に石蕗 咲きみだれたり

船の往来 うちにぎはひて いにしへの 寂びをもちたり 長崎港は

停車場に おりたちて見る 真向ひの 冬枯山の 日のにほひかも

散りすぎし 紅葉を惜しむ 霜月の 栃の木の湯の 静かなるかも

名を聞きて 久しかりしか 栃の木の 温泉に来り 浸りたのしき

夜半ひとり 寝ざめてをれば 静けさや 湯滝のひびき 渓川の音

澄みとほる いで湯に浸り わが肌の 錆びしをぞ恥づ 独り浸りて

阿蘇が嶺の 五つのみねに とりどりに 雲かかりたり 登りつつ見れば

美しき 冬野なるかも 穂すすきの なびかふ下の 枯芝の色

枯野原 行きつつ見れば 野末なる 山のいで湯の 湯げむりは見ゆ

阿蘇が嶺に 白雪降りぬ 昨日こそ 登り来にしか 白雪降りぬ