和歌と俳句

若山牧水

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

長浜の かたへにつづく 松の原の ただに真黒き 冬のゆふぐれ

うす墨に なぎさの砂の うるほへる 冬のゆふべを 千鳥なくなり

向つ岸 伊豆の山暮れて まなかひの 海のくらきに 千鳥啼くなり

さざれ波 ほのかに白く つづきたる 夕闇の浜に 千鳥なくなり

いさり火の ひとつだになき 冬の海や 渚は暮れて 千鳥なくなり

箱根山 うす墨色の 山の端に うつくしき冬の 日の出なるかも

朝づく日 昇りさだまれば 冬凪の ほのかなる靄 晴れゆきにけり

真向ひゆ ひたとさしたる 冬空の 朝日の日ざし ありがたきかも

大きなる 月にしあるかな 冬凪の 空の低きに さし昇りたる

こころよき 寝覚なるかも 冬の夜の あかつきの月 玻璃窓に見ゆ

わが窓の ガラスにとどく 竹柏の枝に ゐてあそべるは 冬の鶯

厨の戸 あけすてておけば 冬日さし 鶯が来るよ その茶の木より

庭先の 茶の木にをりて ささ鳴ける 鶯よよき うぐひすとなれ

冬の鶯 これの厨に 入りてをりて 皿に糞して 逃げゆきにけり